「本能寺の変は突発的、黒幕いない」 光秀講演会で呉座勇一さん

2020年02月04日 のニュース

 日本中世史が専門の国際日本文化研究センター助教、呉座勇一さんを講師に招いた歴史講演会が1日、福知山市役所隣のハピネスふくちやまで開かれた。福知山ゆかりの明智光秀にとって最大の謎とされる本能寺の変について、「突発的な光秀単独説」を推して持論を展開した。

 官民でつくる福知山光秀プロジェクト推進協議会が昨年7月から続ける「明智光秀を学ぶ連続講座」の一環で、約200人が聴講した。

 演題は「本能寺の変を考える-黒幕はいたのか?」。多数の説がある動機について、呉座さんは「資料が残っていない以上、100%の断定はできないにしても、これはないだろうと潰していくことはできる」と、消去法で可能性を絞り込んだ。

 最初は怨恨説。信長に母親を殺されたことや徳川家康をもてなす席で腐った魚を出して罷免されたことなど、恨みの根拠とされる有名な出来事そのものを裏付ける資料に信ぴょう性がないと退けた。

 根強い黒幕説にも疑問を投げかけた。

 朝廷黒幕説については「信長は朝廷に経済援助をしていて、確かに口うるさいが、『金を出すけど口も出すスポンサー』のようなもので、朝廷はない」。足利義昭黒幕説は「すでに全国の大名を動かせる力がない義昭と組むメリットがない」と説明。他の黒幕説も批判し、野望説も説明不足が否めないとした。

 いよいよ核心へと話が進み、呉座さんは「突発的な単独犯行と見るのが一番自然だ」とした。

 光秀が信長を討ち、安全に逃げ延びるためには、京にいる信長と、家督を譲られ当時の織田家当主だった長男の信忠を同時に討つ必要がある。

 2人は通常時は別行動をしていて、同時討伐を計画的に行うことは困難とし、信長と信忠が偶然にも身軽でそろうなど、突然訪れた千載一遇の好機による決起を有力視した。

 主君を討った理由については、信長と長宗我部元親が断交したことで取り次ぎ役だった光秀が面目を失い、以降は重要任務から外れて羽柴秀吉との出世争いに敗れるなど、用済みで粛清されることに恐れを抱いていたことが背景にあるとつなぎ、「細かく見ていくと単独犯行しかない」と結論付けた。

 
写真=本能寺の変に黒幕はいないと力説する呉座さん

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