【令和8年熊本地震】きょうで1カ月 発災直後から現地訪問 現在の被災地の様子は- 公立大の大門准教授
2026年08月28日 のニュース
令和8年熊本地震の発生から28日で1カ月が経った。京都府福知山公立大学地域経営学部の大門大朗准教授(35)は、地震発生後、現地を訪れ避難所などを見て回った。10年前の熊本地震では被災地に入ったあと本震を経験した大門准教授。今回の現地の様子や見えた課題、福知山で進めるべき備えなどについて聞いた。
大門准教授は、災害ボランティアや復興、防災について研究していて、東日本大震災以降、大きな地震のあった被災地を訪れてきた。
2016年4月14日に発生した「平成28年熊本地震」では、今回も被害を受けた益城町を訪れ、災害ボランティアセンターの運営に携わった。同月15日に現地に入り、翌16日には震度7の本震に襲われた。多くの家屋が倒壊したまちの姿を目の当たりにした。
今回は、発災前から予定していた8月1日の仕事での熊本訪問を前倒しし、7月31日から2日間にわたり被災地を訪れた。10年前にも活動した益城町のほか、知人から被害が深刻だと聞いた宇城市、八代市を巡った。
益城町のまち並みは前回の被災直後と比べると、比較的被害が少ないように感じたという。「10年前の地震で多くの家屋が倒壊し、その後、耐震性を高めた住宅への建て替えが進んだことも一因ではないか」とみる。
過去にも訪れた町内にある教会では、当時から面識のある人たちと再会。言葉を交わすと、「また振り出しに戻った」「震度7を3回も経験するなんて。神様に4回目はいらないと言った」。そんな声が聞かれた。
大門准教授は「冗談を交えながら明るく話しておられたが、10年かけて積み上げ、再建してきた生活が再び揺さぶられたという思いも、同じ語りの中に感じられた」と振り返る。
見えにくい在宅避難者
益城町内の避難所を見た後、宇城市へ移動。2カ所の避難所と市役所を訪ねた。
市役所では、午前11時30分時点で、その日の罹災証明書に関する手続きの受付人数が上限に達しているとの案内が出ていた。
八代市は、倒壊した家屋が目立つ千丁地区や鏡町地区などを回り、3カ所の避難所を訪れた。
今回の訪問で見た避難所は、程度の差はあれ、いずれも空調が稼働していた。一方、断水している施設は多く、給水が確保されていても下水管の詰まりで館内のトイレが使えない施設もあった。
千丁地区の避難所では、屋外に仮設トイレが設置され、給水設備も置かれていた。そこへ、一人の高齢男性がやってきて、給水袋に入れた水を運ぼうとした。袋は2つで約12キロ。大門准教授は男性に声を掛け、車まで運ぶのを手伝った。
男性は「自宅が倒壊していないだけ、まだましな方。でも、水が出ないからシャワーを浴びることもできない」などと語った。
家屋が倒壊するなどし、避難所での生活を余儀なくされている人たちの大変さは、誰の目にも分かりやすい。一方、自宅にとどまりながら生活を続ける人たちは、周囲から支援の必要性が見えにくい。
大門准教授は「自宅が残っているから大丈夫とは限らない。周囲に気を遣って声を上げにくい在宅避難者が、必要な支援の対象から漏れてしまわないよう注意する必要がある」と指摘する。
福知山でできること
現在も継続して能登半島地震の被災地を訪れる大門准教授。熊本地震について、「福知山から熊本は遠く、多くの市民が何度も現地を訪れ、直接支援することは簡単ではない」と話す。一方で、「実際に現地へ行った人や支援に入った行政職員、医療関係者らが、そこで見聞きしたことや感じたことを持ち帰り、地域に伝える場があれば、それが寄付や物資の支援拡大につながる可能性もある」と強調する。
そして、今回の地震を遠い地域の出来事として終わらせず、自分が住む地域に置き換えて考えることも重要という。
福知山市周辺でも、今後、大規模な地震が発生する可能性はある。対策としては家具の固定や住宅の耐震化、感震ブレーカーの設置など、これまでから必要とされてきたことを、一人ひとりが進めていくほかない。
ただし、高齢者世帯などでは必要性を理解していても自分だけで取り組むことが難しい場合もあるとし、「多少強く対策を後押しするような仕組みや支援も必要ではないか」と提案する。
さらに、もし福知山で熊本地震のような災害が起きた場合を想定し、「現在の避難所が、有事の際に『行きたい』と思える場になっているか。冷暖房設備や衛生環境なども含め、今一度考えていかなければならない」と語った。
写真(クリックで拡大)=倒壊した家屋が目立った八代市鏡町地区(7月31日大門准教授撮影)









