『新福知山市誕生から20年』 証言で振り返る市町合併(下)

2026年05月22日 のニュース

 新たな京都府福知山市を北近畿の中核都市へ-。1市3町合併は、さまざまな課題や葛藤を抱えながらも、人口10万人都市をめざし、大きな期待感を持って進められた。合併から20年が経ち、合併に至るまでの経過やその舞台裏まで語れる人は少なくなった。協議の最前線にいた旧福知山市議会議長に、当時のこと、今の思いを聞いた。

必ず1市3町で-

旧市議会議長 井上重典さん(79)=野間仁田=

 膨大な協定項目があった合併協議の中でも、難航した課題の一つが議員定数だった。合併前の福知山市議会の定数は26。一方、三和、夜久野、大江の各町議会にはそれぞれ14人の議員がいた。町議会側からは、現職のまま市議会への編入を求める声も上がったが、市議会側はこれを認めなかった。

 重ねた協議の結果、合併特例を適用して定数32に増員。合併直後の増員選、その後の最初の市議選に限り、旧3町ごとに選挙区を設け、それぞれ2人ずつを選出する形で決着した。

 「議員定数は各市町の思いがぶつかる非常に難しい問題だった。しかし、新しい市として出発する以上は、公平性を保ちながら将来を見据えた制度にしなければならなかった」と振り返る。

 市議会議長として関係各所との調整に尽力したが、今でも強く記憶に残るのは、2004年10月に大江町を襲った台風23号による大水害。役場がある河守地区を中心に甚大な被害が発生し、混乱のさなか、水害対応を優先すべきとして、伊藤堯夫町長(故人)から合併協議離脱の意向が内々で伝えられたという。

 しかし、「新しい福知山市と大江町の未来のため、合併は必ず1市3町で果たさなければならない」と、当時の高日音彦市長(故人)とともに泥にまみれた大江町役場へ駆け付け、伊藤町長を激励。揺らぎかけた合併への道をつなぎ留めた。

 そして、06年1月1日、1市3町が模索を重ねた末、新福知山市が誕生した。

 大江町の庁舎前で開かれた記念セレモニーの様子を収めた写真は、今でも大切に保管している。「ここに写る人の中で生きているのは、今ではもう自分だけ」と感慨深げに話す。

 合併後20年を振り返り、「結果的に編入合併となった旧3町に住む人の中には、行政サービスが縮小したと不満を感じている人もいるかもしれない。また、同じ自治体となったことで旧町域から旧市域への人口流出が進みやすくなったという側面もあると思う」と分析する。

 一方で、合併直後の市の人口は8万4千人規模となった。その後、少子高齢化社会が進む中でも、長田野工業団地をはじめとする活発な経済活動などにより、福知山市は北近畿の中核都市として高い存在感を示していると考える。

 「合併は成功か失敗か、その答えは一概には言えない」。そう断ったうえで、「20年で地域を取り巻く環境は厳しさを増し、当時は想定していなかった課題も次々に生まれている。これからの福知山をどうしていくのか、今を生きる世代がしっかりと考え、行動していってほしい」と語った。 (おわり)

写真上(クリックで拡大)=大江町の庁舎前であったセレモニーに立つ井上さん(左から4人目)=提供
写真下(クリックで拡大)=当時の記憶を語る井上さん

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