「家具のまち和田山」のルーツ・竹田塗 江戸時代に職人150戸

2021年05月25日 のニュース

■古代あさご館で企画展■

 兵庫県朝来市和田山町は「家具のまち」と呼ばれた。そのルーツは漆器にある。「竹田塗」「竹田椀」と呼ばれる漆器が盛んに生産され、皇室に提供されたとされる膳も残っている。企画展「竹田塗-千戸賑わい」が、朝来市埋蔵文化財センター「古代あさご館」(朝来市山東町大月)で開かれている。

 竹田塗は16世紀末に竹田城主となった赤松広秀(1562-1600)が、城下の殖産興業のために漆器生産を奨励したのが始まり。隆盛を極めた寛永年間(1624-45)には、塗師屋が150戸にも達したと記録されている。

 庶民向けの雑器から、蒔絵を施した高級品まで様々な漆器が作られ、街道の宿場町でもあった竹田に立ち寄った旅人たちが好んで買い求めた。その賑わいを、僧侶で俳人の仏舟(魚潜、1735-1807)は竹田八景のうちの1首として「千戸賑」と題し、「家々は 漆の仕入れや 竹田椀」と詠んだ。

 すぐ近くには奈良時代から漆の産地となっていた夜久野があり、「天田郡の良質の漆」を使っていたとの文献もある。

 天保年間(1831-45)には、恐慌の影響を受けて一時衰退。明治に入って復興したものの、食生活の変化などもあって漆器の需要が減り、竹田塗の職人たちが漆器生産から仏具、家具の生産へと移行。和田山は「家具のまち」となっていった。

 会場には、竹田城を整備し、最後の城主となった赤松広秀所有とされる膳▽伝・皇室提供膳▽蒔絵ひな形集▽明治時代のチラシなどを展示している。

 開会直後に新型コロナウイルス感染拡大防止の緊急事態宣言が発令され、施設が休館となっていたが、12日から再開。6月13日までとしていた会期は、27日までに延長する。

 月曜休館。入場無料。古代あさご館は、道の駅但馬のまほろば・北近畿豊岡自動車道パーキングエリアと一体となった施設。自動車道無料区間にあり、一般道からも入れる。電話079(670)7330。


写真=伝・皇室提供膳

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