丹後七姫を巡る(1)  美しい伝説に思いを馳せてゆかりの地へ

海岸線を行く美しい景色も見どころ

強さと儚さと… 

 大河ドラマ「鎌倉殿の13人」に登場した静御前。妖艶な歌舞で源義経を魅了した静御前の生誕の地が、京丹後市にあると知り驚いた人も多いはず。

 ほかにも丹後地方には歴史や伝説に登場する姫君が多く伝えられており、代表的な7人を集めて「丹後七姫」という。

 薄幸でありながら、凛とした美しさを持つ姫たち。ゆかりの地を丹後の豊かな自然と味覚と一緒に紹介します。

静御前 《京丹後市網野町》

義経との悲恋の後、故郷の網野町へ

 義経との悲恋で伝えられる静御前は、京丹後市網野町磯地区で生まれ、余生もここで過ごしたといわれる。磯の高台には静神社があり、静御前の木像が祀られている。神社の奥にある階段を登ると踊舞台を模した展望台へと続き、日本海を一望する絶景が広がる。

 静神社から徒歩で3分。集落を抜けると、海を見渡せる小高い丘に静御前の生家跡がある。5月に大河ドラマで静御前を演じた石橋静河さんも訪れていた。

 また、薄幸の静に同情したのか、この地域には「実は義経は生きて蝦夷に逃れ、密かに静に会いにやってきていた」という伝説も残る。静神社のすぐ前の入り江には、義経が舟をつけた「入艘の浜」、家来が休憩した「弁当岩」がある。

静の余生を表すかのようにひっそりと佇む静神社

静御前生誕の地

展望台からは弁当岩や入艘の浜などが見える

静御前生誕の地へは、集落を抜けた先にある
しづやしづ…のうたが刻まれた石碑がある

階段を登った先にある展望台

静神社の奥にある展望台へと続く階段
《メモ》 静御前の生涯

 故郷を離れ、母と一緒に京へ出た静御前は、京一番と名高い白拍子(平安から鎌倉時代、宴席などで歌舞を踊った女性のこと)になる。

 源義経に見初められるが、義経が兄・頼朝に追われる身になると、静も捕えられてしまう。このとき、頼朝と北条政子の前で舞を強要され、「しづやしづ しづのをだまきくり返し 昔を今に なすよしもがな(静や静と繰り返し呼んでくださった義経様、あの懐かしい昔にまたもどるすべはないだろうか)」と義経への思いをうたい、頼朝の怒りをかった。

 その後、静は義経の男の子を生むが、海に投げ捨てられる。傷心の静は、故郷で出家し、ひっそりと余生を過ごした。

【寄り道グルメ】 丹後 ひもの屋

なかなかご飯までたどり着けない!という、うれしい悲鳴も聞こえる「間人スペシャル」

 網野ならではの海の幸を満喫 魚介を知り尽くした目利きのプロが、近隣の漁港から仕入れる海の幸を存分に堪能できるお店。

 お土産処では、水揚げされたばかりの魚介や独自製法で旨味を凝縮させた「旨干し」の干物などが並ぶ。深海魚など、普段お目にかかれない珍品が登場することも。

 併設の食事処では、鮮魚を贅沢に使ったメニューが人気。名物の海鮮丼「間人スペシャル」3580円は、これでもか! といわんばかりに10種類以上の魚介が乗っている驚きのボリューム。旬の魚が主役の月替わりメニューもあり、地元客の支持も熱い。

住所 京丹後市網野町小浜912
電話 ℡0772-72-3023
営業 《お土産》季節により異なる(6月中は10:30~15:00)
《食 事》11:00~15:00(L.O.14:30 海鮮がなくなり次第終了)(夜は予約のみ) 
休み 不定休
HP https://www.tango-himonoya.com/

羽衣天女 《京丹後市峰山町》

日本最古の羽衣伝説の地

 全国各地に残されている羽衣伝説の中で日本最古、発祥地として伝わるのが京丹後市峰山町にある磯砂山。標高661mの山頂までは、登山口から1010段の階段を登って歩いて1時間ほど。ハイキング気分で登った先は、大きな広場になっていて大江山や天橋立、小天橋を一望する大パノラマが広がる。

 また、中腹には天女が水浴びをしていたという「女池」がある。ふもとの乙女神社は、天女が生んだ3人の子どものうちの1人を祀っていて、お参りすると美しい娘が授かるという。

羽衣天女のモニュメントがある山頂

《メモ》 磯砂山の羽衣伝説

 磯砂山の真奈井という池で水浴びをしていた天女が、通りかかった老夫婦に羽衣を隠されて天に帰れなくなってしまう。老夫婦の養女になった天女は、万病に効くお酒を造り、一家は裕福になった。しかし心変わりした夫婦に、実の子ではないと追い出されて傷心する。放浪の末、天女は奈具村(弥栄町舟木)にたどり着き、そこで穏やかに暮らしたという。

乙姫 《京丹後市網野町、伊根町》

浦島伝説のヒロイン

 ご存知、日本昔話で有名な「浦島太郎」のヒロイン・乙姫。助けた亀に連れられて♪と童謡にもなっている浦島太郎のお話は、時代に合わせて変わってきた。最も古いのは奈良時代に書かれた「丹後国風土記」に出てくる話。主人公の名は「水江浦嶋子」。嶋子が釣った「五色の亀」が女(乙姫)に変身し、海神の世界で夫婦になって暮らすことに。3年経ち、故郷が恋しくなった嶋子は、女から「決して開けてはいけない」という玉櫛笥をもらい帰郷したが、実は300年経っていることがわかり絶望。つい玉櫛笥を開けてしまう。

 現在の網野町浅茂川地区付近には嶋子や乙姫に関する伝承が多く残っている。遠浅で海水浴やサーファーに人気の八丁浜は、嶋子が竜宮城から帰ってきて玉櫛笥を開けたといわれる海岸。西側には嶋子を祀る「嶋児神社」があり、玉櫛笥を持った嶋子が(おじいさんになる直前だろうか…)穏やかに佇む。

 灯台付近には「釣溜」といわれる岩場があり、嶋子が釣った魚をここに放しておいたという。この場所からは乙姫と嶋子が初めて出会ったと伝わる「福島」が見える。恋愛のパワースポットとして人気で、ハート型の岩をスマホの待ち受けにすると素敵な出会いがあるとか。

 伊根町本庄浜の浦島神社も浦島伝説の舞台として有名。室町時代に作られたという亀甲紋玉櫛笥(玉手箱)が残されている。

乙姫と嶋子が出会ったといわれる福島。ハートロックがどこにあるかわかりますか?

ハートロック

嶋児神社

神社の横にたたずむ嶋子

嶋子が釣った魚を放しておいたという釣溜

【寄り道グルメ】 藤原鮮魚 uRashiMa

香ばしくて食べ応えがあるピザ
世界2位 本場のピザを味わう

 店主の藤原英雄さんは、ピザ世界大会2位の実力を持つ。神戸やイタリアのナポリで経験を積み、実家の鮮魚店を改装して店を開いた。

 その日その日に地元でとれた野菜や魚介を使い、本場ナポリの味を表現したピザが評判で、100枚以上の注文が入る日もある。

とある日の前菜。地元の食材で多彩な味を表現

ナポリから取り寄せた窯。あっという間に焼ける

地元作家の作品という、取り皿。店内ある、おしゃれな雑貨を眺めるのも楽しいひと時
こんなに美味しいエスプレッソを飲んだのは初めて! 本場の味にこだわるのはピザだけではない

実家の鮮魚店を改装したお店

住所 京丹後市網野町浅茂川328-5
電話 ℡0772-72-3798(予約が確実)
営業 11:30~19:00
休み 木曜休 ※R4年6月20日まで臨時休業中。21日から営業再開 ※7、8月は変則営業
HP https://www.facebook.com/%E8%97%A4%E5%8E%9F%E9%AE%AE%E9%AD%9Aurashima-602947276496992/

細川ガラシャ 《京丹後市弥栄町、宮津市宮本》

明智光秀の娘

 細川玉(のちのガラシャ)は明智光秀の娘で、宮津城主・細川忠興の妻として知られる。父・光秀が起こした本能寺の変によって逆臣の娘となり、居城の宮津から京丹後市弥栄町味土野へ幽閉された。夫と離別し、3歳と4歳の子どもとも引き離され、尼姿で険しい山道を越えていったといわれている。

 現在、ガラシャの屋敷跡には「細川忠興夫人隠棲地」の記念碑が建っている。道が狭く、車では行きづらい難所。歩いて散策する人が多く、片道1時間半の道のりは自然豊かで、味土野ガラシャ大滝などの見どころもある。

 約2年の幽閉を解かれた後、キリスト教の洗礼を受け「ガラシャ」と名乗るようになった。宮津市のカトリック宮津教会横の大手川ふれいあい広場にはガラシャ像がある。宮津城跡の方角を向き、細川家と宮津市民の幸せを祈る姿を表現している。

「細川忠興夫人隠棲地碑」。山の中で隠れるように暮らしていた様子がうかがえる
味土野ガラシャ大滝。展望所から堂々と流れ落ちる
滝を眺めることができる

宮津城跡の方角を向いて祈る「ガラシャ像」

小野小町 《京丹後市大宮町》

六歌仙で絶世の美女

 平安時代を代表する歌人で、絶世の美女だったといわれる小野小町。京丹後市大宮町五十河地区は、小町が晩年を過ごした場所として伝わっている。

 小町の墓がある小町公園では、等身大のブロンズ像や愛用した手鏡など小町にまつわる資料を展示している。四季の花が咲く園内は散策も楽しい。

等身大の小町の像
《メモ》 晩年の小町

 晩年、小町は京を離れ、天橋立を目指す旅に出た。途中、上田甚兵衛と旅の道連れになり、彼の家がある五十日村で旅の疲れを癒やすことに。村では火災が多く困っている、という話を聞き、「五十日」の「日」を「河」に改めたらよいとアドバイスしたところ、火災は減り、女性の難産もなくなったという。

 その後、小町は天橋立へと旅を続けるが、猛烈な腹痛に襲われ、また村へ戻り、そのままこの世を去った。「九重の 花の都に住みはせで はかなや我は三重にかくるる」という句が残されている。

 また、腹痛の小町が用を足した際、足の間から見えた天橋立が素晴らしく、それが股のぞき発祥のきっかけだった―という説もある。与謝野町の大内峠一字観公園には「股のぞき発祥の地」の石碑が立っており、宮津湾と阿蘇海を横一字に横切る天橋立が見える。

小町公園

大内峠一字観公園から見える天橋立

【寄り道スポット】 小野小町温泉

露天風呂
湯上りつるつる美人の湯

「美人の湯」として名高い天然温泉。湯上り肌がつるつるで、小町のような美女になれる…かもしれない。慢性皮膚病、神経痛、運動機能障害等に良いといわれ、老若男女を問わず愛される。露天風呂からは京丹後市街を一望できる。

住所 京丹後市大宮町三坂105-15 セントラーレ・ホテル京丹後内
電話 ℡0772-68-1122
営業 10:00~20:00(19:00最終受付) ※第3火曜日は16:00~
休み 無休
料金 大人700円、子ども400円(土・日曜・祝日、お盆、年末年始などは100円増)
HP https://komachionsen.com/

間人(はしうど)皇后 《京丹後市丹後町》

聖徳太子の母。「たいざ」と読む由来がここに

 京丹後市丹後町間人の後ケ浜に立つ間人皇后と聖徳太子の母子像。「間人」と書いて「たいざ」と読む難読地名の由来もここにある。

 用明天皇の皇后で厩戸王(聖徳太子)の母、穴穂部間人皇后は、仏教をめぐる蘇我氏と物部氏の争乱を避け、京丹後市丹後町の当時「大浜の里」と呼ばれていたこの地に身を寄せた。大和の国に帰るとき、皇后から「間人」という地名をもらうが、里の人々は口にするのは恐れ多いと「皇后が退座された」ことにちなみ「たいざ」と読むようになったという。

間人皇后像は高さ3.5m、聖徳太子像は高さ1.5m。母子像の後ろの石柱は、高さが5.5mもある。中央部が太く、奈良の法隆寺の柱と同じ形になっている

安寿姫 《宮津市石浦周辺、舞鶴市》

美しく切ない姉弟愛

 古くから日本に伝わる説話で、森鴎外の小説「山椒太夫」の悲劇のヒロイン・安寿姫。太夫が住んでいたという宮津市石浦周辺には山椒太夫屋敷跡という史跡をはじめ、物語ゆかりの場所が点在する。

 安寿と弟・厨子王の身代わりになったといわれる地蔵菩薩を安置する如意寺、国道沿いにある由良オリーブもみじ公園には安寿と厨子王の像がある。安寿が塩水を汲みに通った浜は「汐汲浜」と呼ばれ、近くに「山椒大夫」の一説を刻んだ森鴎外文学碑が立っている。

 また舞鶴市の建部山のふもとには、悲しい最後をとげた安寿を手厚く葬ったという安寿姫塚がある。

由良オリーブもみじ公園にある安寿と厨子王像

国道178号線沿いにある山椒大夫屋敷跡を示す看板

中に入っていくと、石碑があり、その先は荒地となっていた

《メモ》 山椒太夫

 安寿と厨子王姉弟は母とともに筑紫(現在の福岡県)へと向かう途中、人買いに騙され、母は佐渡に、姉弟は丹後の山椒太夫に売られてしまう。安寿は汐汲み、厨子王は柴刈りと山椒太夫に酷使される日々。安寿は決心し、自分を犠牲にして厨子王を逃がした。のち、厨子王は一国の領主となり、山椒太夫を成敗し、母とも再会することができた―というお話。

【お土産に】 宮津産 オリーブ

宮津オリーブを使った商品
注目の新名物

 石浦を含む宮津市由良地域では、休耕地を利用したオリーブ栽培を進めている。植樹は2000本を超え、新たな特産として注目されている。フレッシュで香り高いオリーブオイル、若草のような爽やかな味わいが特徴のオリーブ茶、手焼きオリーブせんべいなどが商品化されている。

販売店:由良駅カフェ・天橋立ワイナリー・フクヤ宮村店・ローソン宮津由良店

問合せ先:由良オリーブを育てる会 ℡080-9301-7890

2022年6月17日更新

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