『新福知山市誕生から20年』 証言で振り返る市町合併(上)
2026年05月20日 のニュース
平成の大合併の流れの中で、新福知山市は2006年1月1日、旧福知山市と三和町、夜久野町、大江町の1市3町が合併して発足した。新市誕生から20年の節目を迎え、当時の関係者の証言をもとに、計3回の連載でその経緯や当時の様子をたどる。
現状維持へ現実的選択
旧市の元助役
山段誠さん(79)
=下新町=
「合併は、アメとムチだった」。こう振り返るのは、当時、旧市の助役として協議に携わっていた山段誠さん(79)。少子高齢化の進行や行政ニーズの多様化により、将来にわたって行政サービスの水準をどう維持するかが、大きな課題となっていた。
山段さんは「1市3町が一緒になれば全てが良くなる、という単純な話ではなかった。現状のサービス水準を何とか維持するための現実的な選択だった」と語る。行政の効率化を進め、無駄を省いた持続可能な運営体制を築く必要があったという。
合併による「メリット」とされたのが、国が合併を促進するために講じた財政支援策。地方交付税の特例措置では、合併後10年間は合併前と同水準で地方交付税が算定され、その後5年間で段階的に縮減される仕組みだったが、期限内の判断が求められていた。
合併しなければ、将来的に財政面で非常に厳しくなるのは目に見えていた。当時の試算によると、現状のままでは旧3町だけでなく、旧市も近いうちに赤字に陥る見通しだった。合併は、将来の財政危機を回避するための選択でもあった。
旧市では、故・中村稔市長のもと、03年4月に1市3町による法定合併協議会を設置し、本格的な協議を始めた。北近畿の都としての発展を目標に議論を重ねたが、04年10月には台風23号による水害が発生し、協議は一時中断。その後再開され、計22回の全体会議に加え、小委員会や住民説明会を通じて合意形成が進められた。
そして、後継の故・高日音彦市長のもとで05年3月、1市3町は合併協定を締結し、新市発足への道筋を固めた。
合併の効果として大きかったのが、行財政改革の前進。見直しにより行政のスリム化が進み、一般行政職員は1市3町の合計848人(05年)から645人(26年)に、議員定数は計68人から現在は24人にと、それぞれ削減された。
ただ、合併は決して順風満帆ではなかった。旧3町では「まちがなくなる」という寂しさや不安があり、旧市内でも賛否は分かれ、最終的に合意に至るまでに調整を要したという。
山段さんは「行政サービスが低下したと感じる人もいるかもしれない」としながらも、「それでも行政破綻せずに、地域で暮らし続けられていること自体が一つの成果であり、合併してよかったと捉えることも必要ではないでしょうか」と語る。
20年の歳月の中で、当時の各市町の首長ら関係者の多くがこの世を去った。山段さんは最後に、「合併は1市3町の心を一つにして成し遂げたものだった。今となっては、互いに発展し合い、より良いまちになっていってもらうことを願っている」と話した。
写真上(クリックで拡大)=合併協定調印式後の記者見会に出席する4市町長(2005年3月)
写真下(クリックで拡大)=当時をたどる山段さん









