「お弁当ありがとう。おいしかったです」 阪神大震災被災地からの年賀状

2020年01月17日 のニュース

 ハガキに書かれている文字はかすれて、ほとんど読めない。兵庫県神戸市灘区の女性から、阪神・淡路大震災の翌年に、京都府福知山市内記三丁目の老舗日本料理店・魚辰に届いた年賀状。震災直後、被災者に向けて、福知山から届けた弁当に対するお礼が書かれていた。震災から四半世紀。今も、店の宝として大切に保管している。

 大震災は1995年1月17日に発生。大惨事を知った魚辰店主の故掛川基一さん(当時47歳)が、「食べるものがないだろうから、被災地に弁当を届けよう」と思い立ち、福知山の料理飲食業連合会に提案したところ、会に加盟する多くの店が賛同し協力した。

 弁当は全部で約1千個を作った。魚辰は19日朝から従業員総出で調理し、約300個をこしらえた。1千個の弁当はその日の昼に、数台の車に積み、神戸市灘区の御影まで行き、被災住民たちの手元に届けた。掛川さんの長男で魚辰の現店主、善貴さん(43)も一緒に現地に赴いた。

 翌年の正月、思いもしない年賀状が届いた。弁当の包装紙に印刷されている魚辰の店名を手掛かりに寄せられたらしい。ハガキには弁当を食べておいしかったこと、届けてもらった感謝の言葉などがつづられていたという。

 魚辰では、この礼状に感激し、店の宝にしようと、額に入れ店内に掲示した。今は、額が壊れたため、紛失しないようファイルに入れて保管している。

 基一さんの妻で、当時一緒に弁当作りをした女将の啓子さん(71)は「連合会のみなさんのおかげで、たくさんの弁当を作ることができました。まさか被災した方から礼状をいただけるとは思ってもいませんでした。本当にありがたく、大事においておきたいです」と話している。
 
 
写真上=被災した女性から届いた年賀状。今は文字がかすれて、ほとんど読むことができない
写真下=年賀状を見る掛川啓子さん

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