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両丹日日新聞2015年10月30日のニュース

未知のスピード追い求めた日々−初代新幹線試験運転士が母校で講演

1030kirimura.jpg 福知山市勅使の天津小学校(藤田久代校長)で29日、キャリア教育の授業があった。講師は同校出身で、かしの木台の桐村博之さん(85)。1964年の東京オリンピックまでに東海道新幹線を開業させるため、2年余り前から試験車の運転士として、世界一速い「夢の超特急」を安全に走らせるプロジェクトに取り組んだ道のりを紹介し、子どもたちに夢と希望を与えた。

 桐村さんは、47年に国鉄に入り、SLや通勤電車の運転に携わった。優れた運転技術が買われ、30歳を過ぎた62年、国鉄新幹線総局に配属され、神奈川県の鴨宮モデル線区(延長37キロ)の試験車運転士に抜擢された。運転士7人のリーダー格で、公開試運転では、新幹線の生みの親の十河信二国鉄総裁を乗せて走った。

 「だんご鼻」の愛称で親しまれた車両0系の原型となった試験車に乗り込み、試験を繰り返した。与えられた期間は2年余りと短く、職場で夜を明かしたこともたびたびあった。

 「未知のスピード」を追い求めた日々を、当時の新聞記事や写真をモニターに写しながら説明。「最初は時速70キロで走らせたが、徐々にスピードを上げ、4カ月後には在来線での最速記録の時速160キロに並んだ。1年後には時速200キロを達成した」と振り返った。また、宿願を果たし、世界最速の256キロを記録。その際につくられた記念プレートを児童たちに見せた。

 2つの列車がそれぞれ時速200キロですれ違う際の風圧を確かめるなど、開業までに300以上に及ぶテストを、運転士や車両設計士、土木関係者らとともに繰り返し、世界が賞賛する新幹線になったことも伝えた。

 日本の新幹線の評価は高く、鉄道発祥の地のイギリスがいま日本製の車両の導入を進めていることなどを語り、最後に「何事にも熱意を持って取り組み、大きく育ってほしい」と締めくくった。


写真=未知のスピードを追い求めた日々を振り返る桐村さん

    

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