伝わる人柄や国への思い、芦田均元首相の直筆原稿見つかる 記念館で展示

2026年06月16日 のニュース

 京都府福知山市野間仁田出身の第47代内閣総理大臣、芦田均氏(1887~1959年)が書いたとされる寄稿文の原稿がこのほど見つかった。1935(昭和10)年に発行された雑誌に掲載された文章で、直筆の原稿は非常に珍しく、地元の芦田均記念館でも手紙しか残っていないという。原稿は記念館に展示しており、芦田均元首相顕彰会(井上重典会長)は「大変貴重なので、多くの人たちに見てもらい、芦田先生への関心を深めてほしい」と願っている。

 芦田元首相は東京帝国大学卒業後、外務省に入り、32年に衆議院選挙に初当選。46年に衆議院帝国憲法改正案委員会委員長に任命され、新憲法制定に携わった。この時、第9条に「芦田修正」と呼ばれる文言を挿入し、平和憲法のもとでも自衛のための軍備が可能という含みを残したともされる。戦前、戦中を通してリベラルな政治姿勢で活動した。

 原稿は昨年春に、井上会長(79)の知り合いで、コレクターの男性(56)が京都市内の古書店にあったのを見つけて手に入れ、記念館で活用してもらえれば-と、井上会長に託した。

 掲載された雑誌は紀伊國屋書店発行の『行動』8月号で、芦田氏の寄稿文は巻頭を飾った。「太平洋上の建艦競争」というテーマで、主に列強が軍艦の建造数や性能を競い合った軍備拡張競争(建艦競争)について記述し、競争が財政や外交、安全保障にもたらすリスクへの警鐘を鳴らしている。

 元は30枚の原稿用紙に書かれていたが、8枚目と12枚目が抜けていて、見つかったのは28枚。書かれた文字は読みやすく、至る所に校正したあとが残っていて、訂正部分に別の原稿用紙の一部を貼って直している箇所もある。原稿用紙は夏目漱石ら著名人が使っていたものと同じとされる。

 28枚とも記念館で展示。『行動』に実際に載った寄稿文のコピーなども並べている。

 井上会長は「原稿からは日本国への思いや芦田先生の人柄などが伝わってくる。芦田先生を知らない若い世代にもぜひ見に来てもらい、古里の偉人の存在を知ってほしい」と話している。

20日に講演会とミュージカル

 顕彰会は今年結成25周年となることから、20日午後1時から4時まで、記念館で「講演会とミュージカル」を開く。入場無料。

 最初に四方源太郎・綾部市長が「グンゼがなぜ成長発展したのか? 波多野鶴吉と遠藤三郎兵衛」の題で講演。続いてイスタンブル工科大学建築学部のジラルデッリ青木美由紀准教授補が「芦田均のイスタンブル時代と中東初の日本大使館」のテーマで話す。

 ミュージカルは人間表現家、武田麻里名さんと武田さんが指導する福知山成美高校ダンス部選抜チームが「灰に咲く」を演じる。

 申し込みはいらず、直接会場へ。問い合わせは記念館、電話(27)9445まで。

写真上(クリックで拡大)=芦田氏の直筆原稿。至る所に校正したあとが残っている
写真下(クリックで拡大)=原稿28枚を順番に展示している

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