戦後の農村支えた共同作業場 長期使われず老朽化で解体、古い精米機も処分

2020年10月12日 のニュース

■大江町二俣■

 京都府福知山市の農村地域、二俣二で地域の人たちが長年使っていた共同作業場の取り毅が始まった。近年は物置として使われていたが、場内に保管されていた年代物の農機具も廃棄される。

共同作業場は終戦後の、日本中で食糧増産が叫ばれていた昭和20年(1945)代に建てられた。木造で、地元の大工職人を中心に、農家の人たちが力を合わせて建てたという。

以前は農事組合が管理。農業の協働、協力が欠かせなかった時代で、農家の人たちが作業場で順番に米のもみすりや脱穀、精米などをしてきた。30年ほど前からは、農家がそれぞれに農機具を所有するようになり、作業場としては使われなくなったため、自治会が管理し、物置として使っていた。

 かつては地域を支える大切な施設だったものの、使われぬまま長い年月を経て建物が老朽化してきたため、取り壊しが決まった。作業場の中には据え付けの古い精米機や足踏み脱穀機、もみとごみを選別する唐箕(とうみ)などが残っているが、すでに壊れていて使えず、これらの道具も処分される。

建設当時のことを知る男性(91)は「わたしも作業場を建設する時に、壁塗りやトタン屋根の塗装をしたことを覚えています。農繁期は農家の家族が農作業でよく使っていました。その後、米の生産方法が変わり、作業場を使う人もだんだん減りました」と、静かに当時を振り返る。


写真上=場内には精米機などの農機具が置かれ、作業で使われていた
写真下=取り壊し前の木造の共同作業場

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