鬼退治伝説の源頼光没後1千年 大江山へ向かうルート探る

2021年07月14日 のニュース

 平安時代中期の武将、源頼光(948年~1021年)が亡くなってから今年でちょうど1千年になる。頼光と言えば、大江山の鬼退治が有名。家臣を従えて鬼の頭領、酒呑童子を討ったとされる。京都府福知山市内には、頼光らが立ち寄ったと伝わるゆかりの地がたくさんある。一行がどのようにして大江山へ行き、鬼を倒したのか道のりを探った。

 源頼光は、源満仲の長男で、正式な呼び名は「よりみつ」だが、「らいこう」と呼ばれることが多い。若いころの経歴は不明で、朝廷からは馬の飼育係の左馬権頭や美濃守に任官されている。

■朝廷の命を受け 兵庫県川西市から出発■

 鬼退治は、朝廷の命を受け、正暦元年(990年)に家臣で四天王と呼ばれた渡辺綱、坂田金時、碓井貞光、卜部季武らを引き連れて出掛けた。頼光の邸宅は京の都にあったが、直接都から大江山へ向かうのではなく、多田(現在の兵庫県川西市)に住む父親にあいさつをしたあと出発したとみられる。

 平安中期から後期にかけての事変・合戦について書かれた「前太平記」の頼光に関する記述によると、大江山へのルートは多田を出たあと、現在の三田市-猪名川町-丹波篠山市を抜け、福知山市には三和町菟原中から入って来たという。

■川北に成功祈願した「頼光寺」■

 このあと由良川を渡り川北に到着。ここでは近くの山、鬼ケ城にいる酒呑童子の手下の茨木童子の様子を探り、あるお堂で鬼退治の成功を祈願。その後そのお堂は頼光寺と名付けられた。同寺の立身一徳住職(61)は「源頼光の名が寺名になっているのは光栄なことで、頼光が立ち寄ったという歴史を後世に伝えていきたい」と話す。

 頼光らは同寺のほか、いろいろな社寺を巡り、戦勝祈願をした。福知山市内では、上野条の御勝八幡宮や市内最高峰の三岳山の八合目にある三嶽神社や野花の大河森神社、喜多の金光寺などがあげられる。

 三岳山は、頼光らが、山頂から大江山を偵察したと伝わっていることから「見立山」とも呼ばれていたという。また一行が鬼退治をしたあと御勝八幡宮に行き、祈願をしたおかげで勝つことができたと、宮中で演じられていた田楽を神社に奉納。地元住民らによって紫宸田田楽として先祖代々受け継がれ、25年に1回の大祭で披露されている。

■佛性寺に試し切りした鬼丸稲荷■

 三岳山を越え大江山へは天座方面から入った。一方で大江町の毛原方面から向かったという見方もあり、佛性寺の旧宮津街道沿いには、頼光が座って休んだとされる「腰掛岩」、北原の鬼嶽稲荷神社近くには、頼光が名刀・鬼切丸で岩に試し切りをした跡が残る鬼丸稲荷がある。

 日本の鬼の交流博物館の塩見行雄前館長(72)は「大江山へ向かった詳しいルートについてのはっきりとした記述はなく、各地区の人たちによって、ルートが作られ、伝承されたのでは。一つだけでなくいくつものルートがあってもよいのでは」と言う。

 鬼嶽稲荷では、一行が道に迷っていたところ、老婆が鬼たちの屋敷への道を教えてくれたという。江戸時代の地誌、丹哥府誌によると、屋敷は現在佛性寺の多目的グラウンド付近にあったらしい。

 途中で山伏姿になった頼光らは屋敷で、寝ていた酒呑童子の首を切り、手下の鬼たちも倒し、鬼退治を成就した。頼光は退治した31年後に72歳で亡くなった。

■鬼に立ち向かった英雄が訪れたまち■

 頼光を中学生のころから研究する鈴木海峰さん(26)=大江観光勤務=は、頼光について、酒呑童子の寝首を掻いた「ひきょうもの」と認識されることが多いが、残虐な鬼に対して「正道で倒す必要はない」と解釈。鬼に立ち向かった努力人と評価している。

 そのうえで、鬼退治伝説でまちおこしをする大江町の住民に対しては「今後も頼光という英雄が訪れたまちとして、酒呑童子と同様に誇りを持ってほしい」と願っている。

 

 

写真(上から)=明治時代の縮緬本の表紙に描かれた頼光。刀で切った酒呑童子の頭が頼光の頭にかぶりついている(日本の鬼の交流博物館所蔵)

写真=川北にある頼光寺。境内には頼光と鬼をデザインした梵鐘もある

写真=頼光が刀の試し切りをした跡が残る鬼丸稲荷

写真=2015年に御勝八幡宮で行われた紫宸殿田楽

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