福知山市発足当時の市勢要覧見つかる 88年前の交通事情や市民の生業など記載
2025年04月28日 のニュース
福知山市制が施行された1937年(昭和12年)に福知山市が編纂した市勢要覧が、上荒河の民家で見つかった。88年前の貴重な資料だが、破れはなく保存状態は良好。住民の60代男性は「歴史の証しとして生かしてほしい」との思いで市へ寄贈した。
市勢要覧は市の概要を節目ごとにまとめたもの。今回見つかったのは「市勢一覧」と題されている。縦27センチ、横約13センチの蛇腹五つ折りで、広げると縦54センチ、横約65センチの大きさになる。旧福知山町が雀部、庵我、下豊富の周辺3村と合併し市制を施行したばかりの当時のまちの状況が記されている。
記載によると、36年12月末時点の人口は3万3770人(男1万6887人、女1万6883人)。漁船22隻でアユなどを取った水産業▽生糸、米を生産した農業▽日本酒、人毛製品、金属製品を製造した工業などの市場規模の数字データがあり、当時の市民の生業がうかがえる。
交通事情にも触れていて、市内にある自動車は乗用車33台、貨物車21台と少なく、昭和初期には“特別な乗り物”であったことが分かる。人力車は自家用10台と営業用が12台あり、牛馬車は35台だった。
教育や宗教、通信、警備、職業、市の財政といった項目まで幅広く網羅されており、市長や助役の給与も記載されている。
裏面には当時の市域を描いた地図を掲載。福知山駅、陸軍基地、伝染病院、市役所、小学校、警察署、郵便局などの位置が一目で分かる。
良好保存で市へ寄贈同時発見の鳥瞰図も
男性は今月14日、父親の遺品整理をしていた際に、納屋の棚からこの市勢一覧とともに、1938年に発行された鳥瞰図も発見した。どちらも状態が良く、18日に市へ寄贈した。
鳥瞰図は京の鳥瞰図絵師、吉田初三郎氏の筆によるもので、市内の地図をパノラマ風に鮮やかな配色で表現。併せて、当時の市役所の写真、福知山城、御霊神社、音無瀬橋などについても紹介している。
市秘書広報課は「市にも同様の資料は保存していますが、読めるものの、補修跡が多く、状態は決して良好とは言えません。今回寄贈いただいたものは非常にきれいで、歴史資料として大変ありがたい」と話していた。
市では、近年は5年ごとに市勢要覧を発行していたが、2024年度からはデータベース化している。
写真(クリックで拡大)=民家から発見された市制施行当時の市勢要覧