水軍率いた九鬼家の守り本尊が始まりー千歳山観音の伝承後世に 住民ら紙芝居制作
2021年03月22日 のニュース
京都府福知山市六人部地域にある「千歳山観音」。毎年、観音講をして守り継いでいるが、地域の高齢化が進み由来を知る人が減っている。後世に伝えていきたいと、地元の池田、多保市両自治会の住民らが伝承の紙芝居を作った。4月18日の観音講でお披露目する。
千歳山観音の歴史は、豊臣秀吉のもとで水軍を率いた九鬼嘉隆の守り本尊・聖観世音菩薩像が、後に綾部藩・九鬼家の祈願所だった池田の来迎院に移されたのが始まり。明治時代の日清戦争では、地元出征者全員の帰還を願う祈りが届いたことがあったという。
1898年(明治31年)には、地区内外から賛同者が集まり、来迎院を起点、多保市の善光寺を終点に池田、岩崎、多保市3地区につながる千歳山の山道に観音石像33体を安置。地元では総称して千歳山観音と呼び、春に善光寺で、秋は来迎院で地域の安寧を祈る観音講を行っている。しかし、高齢化の波が押し寄せて、由来や昔の話を知る人がだんだんと減る課題に直面している。
地域の財産をしっかりと継承していこうと、両自治会や両寺関係者らで「千歳山観音道を守る会」(田中利幸代表)を結成し、昨年5月から紙芝居作りを始め、このほど完成した。
紙芝居の題は「千歳山お守り観音」。子どもたちにも分かりやすいように絵は優しいタッチで、語りの文章も簡潔に、カラー12㌻でまとめた。絵は中六人部地区在住のイラストレーター・尾松克巳さんが担当。上演は福知山昔話紙芝居同好会(植村玲子代表)が協力する。
14日に多保市公会堂で役員向けの上演があり、出来栄えを確かめた。田中代表(69)は「紙芝居は若い世代にも伝わりやすいものになっているので、楽しんで見てもらえると思います」と話していた。
写真=完成した紙芝居を持つ田中代表(左)と芦田八郎副代表