11月5日まで 会館10周年記念特別展として
福知山市美術館で開催中



 いま、福知山市美術館では、開館10周年を記念して、11月5日(日)まで佐藤太清画伯の代表作17点と素描(デッサン)を展示しています。
 17点の内14点の作品は、今回の展示のため、特別に東京や名古屋の所蔵者の方からお借りしたもので、通常公開されていない作品ばかりとなっています。
 素描は、画家のネタ帳とも言うべきもので、弟子にも見せることのなかった貴重なもの。鳥や魚が生けるがごとく細密に描かれ、画家の観察力や高い技の裏付けを知ることができます。
 これから、6回にわたって、佐藤太清画伯の感動を追い続けてきた旅の軌跡と作品を紹介していきます。
福知山市美術館 福島有季子 崎山正人
 
 若き日

 
1913年(大正2)7人兄弟の末っ子として生まれた佐藤太清は、早くに両親を亡くし、その寂しさからか、緑ゆたかな福知山の野山に咲く花や鳥に魅かれ写生をはじめた。
 いまも画伯は、福知山に大変な愛着をもっている。少年時代の原体験が画伯の生涯を方向付けたのだろうか。太清少年に、卓越した観察力を育ませた福知山の自然こそが、太清芸術の原点であろう。

 1931年(昭和6)18歳の時に日本画家への志を胸に上京する。翌々年、風景画を得意とする児玉希望(1898-1971)のもとに内弟子として入門し、本格的に絵の道を歩み出す。

 近代日本画を代表する児玉希望は、古典研究を土台とし「スケッチした花を折ったら、そこから樹液が出てくるくらい生命が感じられなくてはダメだ」と弟子を指導し、心と技術を鍛え、型にはまらない作品創造の大切さを説いた。とりわけ、師匠を真似ることを厳しく戒めたという。

 この時代の厳しい修練が、確かな技術と創作への意志を鍛え上げ、その後の長い活動の基礎となっていった。

 若き日 2

 1943年(昭和18)30歳の年に「かすみ網」が第6回文展に初入選し、画家としてのデビューを

「竹林」
果たす。

 網にかかった紅葉や、ぽっかりと浮かんだ雲からはのどかな秋の風景を連想させる。
 網に捕らえられた鳥の姿は、単なる美しさではなく、野生の持つ生命感とやがて迎える死が暗示されている。
 単純化された背景と精緻に描かれた鳥とが対象的に構成された画面は、緊張感あるものとなっている。
 この作品には、それまでの研鑽が集約され、一期一会の瞬間をとらえて「感動を素直に絵にしつつ伝統の精神を表現したい」と語る画家の信念が注がれている。

 1945年(昭和20)からは日展に出品し、1947年には「清韻」で早くも特選を受賞し、以降、日展の中心的な作家として活躍することとなる。

 翌1948年(昭和23)の「幽韻」(初出品)は、福知山の明智薮を題材に、水面に垂れた竹とからまるカラスウリが描かれ、淡い色合いで幽玄な雰囲気が表現されている。

 「竹林」(初出品)「朝顔」「竹窗細雨」と続く30代の作品には、日常の風景の中に発見した清々しい自然の美しさが、写生をもとにしてストレートで精緻に表現されている。


 試みの時

 1945年(昭和20)の終戦後、伝統的なものが否定されがちな風潮の中、昭和30年代にかけて近

「冬池」
代西洋絵画の影響を受けた日本画が多く描かれている。一方に伝統を見直そうという動きも起こり、日本古来の装飾性が盛んに研究された。
 40代の佐藤太清は、それまでの清楚でストレートな趣から、時代の流れを受けた実験的な表現にも意欲的に取り組む。

 丹念な写生をもとに新しい表現を模索し研究を重ね、その試みは力強い画面構成としてその後の作品に受け継がれていく。
 今回の展示作品の中では、1955年(昭和30)の「冬池」は、その代表例である。
 冬枯れの湖面を写した作品は、きわめて単純化され、抽象的に表現されている。計算された画面構成と磨かれた技術によって、単なる実験ではなく、対象の本質が純粋に表現された力強いものとなっている。

 この時期の作品は、植物を題材にし、対象を前面に大きく描き背景を省略したものが多い。

 52歳となった1965年(昭和40)には日展評議員に就任し、同展の中心的役割を担いながら新人の育成にもあたり、現在の日展を支える多くの弟子を育てている。


 壮大な自然詩 ― 動の時代 ―

 50代を迎え、大きな変化を迎える。
 この頃、水 風 火 などの自然の暴力的ともいえる力を舞台にした

「洪」
新しい境地を切り開き、画家としての地位を揺るぎないものとした。

 初冬の海で出会った眼下に迫る荒々しい波と岩の攻防を、恐れの感動をもって描いた「潮騒」(1965)。夕立の気配のなか突風におびえ騒ぐ鷺山の光景をとらえた「風騒」(1966)。絵巻の模写と自らが体感した野焼きの写生を一体化した「≡」(1967)。
 静寂のなかに台風一過の凄まじさを物語る「洪」(1968)は、「凄まじかった現実を濾過して自分の心の風景にした」と自ら述べているように、精緻に描かれた対象物と無駄を省き単純化された構成から、人知を超えた自然のダイナミックな力をつたえるとともに、洗練された様式美を感じさせる。

 「潮騒」(連載第1回の写真に使用したチラシに使われている作品)は、大きな転換点となった作品で、当時、NHKの日曜美術館のタイトルバックに使われていた。
 「風騒」は、発表された日展で文部大臣賞を受賞し、翌年日本芸術院賞を受賞した代表作の一つである。


 壮大な自然詩 ― 花鳥と風景の融合 ―

 一連の作品は、徐々に洗練され、動から静へと変化していく。
 

「朝霧」
1971年(昭和46)日展理事に就任し、現代日本画壇の中心的な役割を果たすようになるが、この年、師の児玉希望が逝去する。
 1972(昭和47)に発表された「夢殿」(初出品)、翌年の「清韻」(初出品)など、この時期は法隆寺を題材とした「夢殿」に代表されるように、寺院や仏像など伝統的で宗教的な題材が取り上げられている。
 一見写実的に描かれているが、実際の風景を再構成し、計算された画面構成が取られている。また、「花鳥」特に鳥を得意とする佐藤太清であるが、この時期の作品には鳥が描かれていない。
 師を失ったことことによるものか、新たな境地を模索していたものか、理想とする絵画世界を完成させるための準備期間であったのだろうか。
 1978年(昭和53)一転して、鷺を主題とした「朝霧」が発表される。
 凛として立つ鷺の姿には、作者の決意が読みとれるような感動を与えている。
 精緻に描かれた鷺の姿と様式化された画面構成は、ここに完成され、静かな中にも力強い生命感が表現されている。
 鳥の姿に自らを投影したものか、画家の決意と自信が伝わってくる作品である。


 終わりのない旅 ― 佐藤太清の道 ―

 「はっとした光景に出会う。その感動が忘れがたい」と佐藤太清は一期一会の出会いに感謝の

「雪椿」
気持ちを惜しまない。

 雪を求めて旅した越後湯沢で、早朝の銀世界にみた小鳥が集う和やかな情景をとらえ「旅の朝」に結実させた。旅先で感じるしみじみとした想いをとどめた旅の連作は、1980年(昭和55)、70代を前にして始まる。

 同年日展常務理事に就任し、翌年には日本芸術院会員となり、創作活動とともに日本画の振興のため一層の尽力をしている。

 「旅の夕暮」「草原の旅 ―マヤの遺跡を探ねて―」「最果の旅」と続く作品には、憧憬や哀歓といった旅への想いが託され、独り時を超えてゆくものの孤高の心境が具現化されている。

 旅のシリーズは、1990年(平成2)「丹頂の旅」(初出品)をもって終焉する。

 1992年(平成4)、文化勲章を受章した画伯は、「行雲帰鳥」(初出品)を発表した。
 それに続く「佐田岬行」(1993・初出品)「雪つばき」(1994・初出品)は、気負いもなく迷いもない、清冽で直接的な表現からは画家の素直な感動が伝わってくる。
 感傷におちいることなく、心を打つ存在の根源を見すえた、新しい花鳥風景の境地を示し、とどまることなく求めてきた佐藤芸術の到達点を示している。

 少年時代に福知山の自然によって育まれた感覚は、画家となって、ますます研ぎ澄まされてきたのだろう。
 心を開き新しい感動を求め、伝統を洗練する。この時代に生きる画家の感覚によって磨かれた絵の力は、自然を超えた詩心の美を紡ぎだし、満ち足りることのない創造への欲求を沸きたたせる。

 佐藤太清の絵には、だれもが持つ心の内へとつづく道が開かれている。


 「旅路-佐藤太清展」出品作品目録

 かすみ網 第6回文展(1943) 東京都 板橋区立美術館
○幽  韻 第4回日展(1948) 東京都 個人
○竹  林 第5回日展(1949) 東京都 個人
 冬  池 第11回日展(1955) 東京都 板橋区立美術館
 潮  騒 第8回日展(1965) 京都府 福知山市美術館
   洪  第11回日展(1968) 京都府 福知山市美術館
○夢  殿 第4回日展(1972) 奈良県 個人
○清  韻 第5回日展(1973) 東京都 個人 
 朝  霧 第10回日展(1978) 東京都 板橋区立美術館
 雨の天壇 第11回日展(1979) 東京都 日本芸術院
 旅の夕暮 第13回日展(1981) 愛知県 愛知県立美術館
 最果の旅 第15回日展(1983) 京都府 福知山市美術館
○丹頂の旅 第22回日展(1990) 愛知県 個人
○雨あがり 第23回日展(1991) 東京都 個人
○行雲帰鳥 第24回日展(1992) 東京都 個人
○佐田岬行 第25回日展(1993) 東京都 個人
○雪つばき 第26回日展(1994) 東京都 個人

   素描(デッサン) 20点  東京都 個人

合計 37点(作品17点・デッサン20点)
             ○印は、福知山市美術館初出品(9点)
両丹日日新聞は「旅路−佐藤太清」展を後援しています 

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