節分行事の関連ニュース
両丹日日新聞からピックアップ
2002年2月の節分

豆つぶてに三鬼退散 元伊勢内宮神社 節分祭の厄払い

 節分の3日、福天地方の多くの神社で邪気を払う行事が行われた三鬼退散・元伊勢内宮節分祭。大江町内宮の元伊勢内宮皇大神社では、恒例の節分祭があり、厄年の人らが、人に災いをもたらすという病鬼、陰鬼、貧鬼の鬼たちに豆をまく、三鬼打ちなどで1年間の厄を払った。
 同日は、地元だけでなく他府県からも大勢の人が参拝した。三鬼打ちでは、大江高校ら3人が鬼にふんして登場。「三鬼を払い天下太平なり」と声高らかに口上が唱えられたあと、奈良県の向井さん(35)らが「鬼は外、福は内」と叫びながら、鬼めがけて豆を投げつけた。
 鬼たちは大きな金棒を振りかざして抵抗するが、拝殿まで追い込まれてしまい、神前でお払いを受けた。すると病鬼、陰鬼、貧鬼は改心して元気、陽気、富貴に生まれ変わり、お多福の面をかぶって参拝者とともに神楽殿前まで仲良く歩いた。
 このあと盃(かわらけ)割りや白い布を八つ裂きにする神事もあり、参拝者たちが厄払いをした。

写真:投げつけられる豆に耐え切れず逃げ回る鬼たち

2002年4月

鬼文化探究の場が完成 大江町に研究所オープン


 大江町と町教委は25日、日本の鬼の交流博物館に隣接する鬼文化研究所のオープン記念式典を仏性寺の現地で催した。約50人が出席し、完成を喜び合うとともに、鬼伝説の町と大江町鬼文化研究所してますます発展する施設になるよう期待を込めた。
 鉄筋コンクリート造り(一部木造)の平屋で、床面積は約325平方m。研修や研究会に利用できる研修室、いすに座って鬼に関する図書を閲覧できるラウンジスペースなどがある。博物館とは、連絡路でつながっている。博物館の入館料を支払えば研究所に入れるが、研修室は使用料がいる。
 研究所正面入り口で、佐藤克巳町長、村上政市・博物館長らがテープカットしたあと、研修室で記念式典を開いた。佐藤町長は「日本の鬼の交流博物館ができ、鬼文化の発祥の地として知られるようになった。(研究所が)鬼文化を探究する場になれば」とあいさつ。学習機能を充実させた施設の開館を出席者全員で喜びあった。

6日まで伝統工芸展と写真展
 開館したばかりの研究所内では同日から、特別展として京の伝統工芸展と宗形慧(むなかたさとし)写真展が始まった。30日を除く5月6日まで。期間中、町民は入館無料になる。
 工芸展は、京都の職人が創作した鬼面瓦、扇子、ガラススタンドなどを展示。写真展は、日本写真家協会会員のフリーカメラマン、宗形さん(54)=埼玉県川越市=が、三重県上野市や長野県下伊那郡上村など全国各地の民俗芸能に登場する鬼を撮った写真を飾っている。

写真:宗形さんの写真展などが始まった

2003年2月 近隣、三和町の節分の話題

「鬼は内、福は外」 三和町の大原神社で2、3日に節分行事

大原神社節分行事 「鬼は内! 福は外!」の掛け声が全国的にも珍しい、三和町大原の大原神社(林秀俊宮司)の節分行事が2月2、3両日、同神社などで営まれる。これに合わせて地元の青年らで組織する大原話し合いの会(大槻兄市会長、26人)のメンバーが赤鬼、青鬼に扮して繰り出し、節分行事を盛り上げる。
 「鬼は内、福は外」は、鬼(厄)を同神社に迎え、福を同神社から氏子の各家庭に送るという意味で使っている。また、同地区はかつて綾部藩の領地で、藩主の九鬼氏への配慮があったとも言われる。96年からは、新たな伝統行事をつくって村を活気づけようと、同会が「鬼迎え」の行事を始め、毎年恒例になっている。
 2日午後7時からの鬼迎えは、赤鬼、青鬼に扮したメンバーが3班に分かれ、氏子の家庭約70戸を回る。家庭では鬼に酒を振る舞うなどして潜んでいる厄を持ち帰ってもらう。
 3日午後7時から同神社で行われる追儺(ついな)式では、この赤鬼、青鬼が境内を暴れ回り、同神社役員が豆をまいて退治する。やがて鬼は改心して福の神となり、おたふくの面を付けて登場。参拝者に福豆の五色豆をまく。一部には宝くじや電気毛布、日本酒などが当たるくじを入れる。
 また同日は参拝者に甘酒を振る舞うほか、午前10時30分からは1年間の無火災を祈る鎮火(ほしずめ)祭を行う。

写真:節分を盛り上げようと、大原話し合いの会が作った高さ約2mのわら人形

大江山の鬼伝説・節分と豆まきの話題
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