福知山史談会の総会講演を前に−
 神と鬼の山 3 日本の鬼の交流博物館館長 村上 政市

陸耳御笠の伝説−加佐は笠−

 陸耳御笠(くがみみのみかさ)、聞きなれない名だと思いますが、大昔、青葉山から与佐大山(大江山)にたむろして、日子坐王(ひこいますのみこ=崇神天皇の弟)に討たれた土蜘蛛(つちぐも)の名前です。「古事記」にも記載され「丹後風土記残欠」に、かなりくわしくのっています。最近、この「丹後風土記残欠」偽書説も出されていますが、由良川筋の地名の起こりが、この土蜘蛛退治とのかかわりで説明されています。
舟戸神社
 この陸耳御笠についての論考は、ほとんどなされておらず、私の知る限りでは、民俗学者の谷川健一氏が、若狭、丹後、但馬に残るミやミミのつく地名の多いことをあげ、昔、耳飾りをつける風習を持っていた渡来集団の首長だったのではないかと推論しています。海人族の首長だったというわけです。
 ところで、大江町と舞鶴市は、かつて加佐郡に属していました。「丹後風土記残欠」にも、加佐郡のルーツは「笠郡」とのべています。
 この「笠」に関連して、興味深い伝承が青葉山に伝わっています。ご承知のように、青葉山は山頂が2つの峰に分かれていますが、その東側の峰には若狭彦、西峰には笠津彦がまつられているというものです。笠のルーツは、この笠津彦ではないのか、そんなふうに考えていたところ、先年、大浦半島で関西電力の発電所建設工事中、「笠氏」の刻印のある9世紀頃の製塩土器が発見されました。笠氏と呼ばれる古代豪族が、ここに存在していたことが証明されたわけです。また、ここから、大陸との交流を裏づける大型の縄文の丸木舟が出土し話題となりました。
 陸耳御笠。何故、土蜘蛛という賊称で呼ばれながら、「御」という尊称がついているのか。長年の謎が一つ解けたような気がしています。ヤマト王権の国家統一前、ここに笠王国ともいうべき小国家があったのかもしれない。陸耳御笠と笠津彦がダブってみえてきます。由良川筋の陸耳御笠伝説を紹介したいと思います。

 ※写真は大江町蓼原の舟戸神社。苦戦に陥った日子坐王を助けた舟戸神をまつる。

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