福知山史談会の総会講演を前に−
 神と鬼の山 2 日本の鬼の交流博物館館長 村上 政市

信仰の山−大江山と三岳山−

 大江山中腹の鬼の博物館につとめて、はや10年。この間、足腰の達者なうちにと思い、ひまをみつけては大江山を歩きました。この年まで知らなかった、いろいろなものに出あいました。その感想は、一言でいうなら、大江山も三岳山も、人を拒絶した深山幽谷ではなく、早くから人の行き交う山だったんだという思いです。古い石碑や小祠、わけありそうな地名の何と多いことでしょうか。

 大昔、山は祖霊の鎮まるところ、神のいるところと意識されていたのでしょう。この地方の農耕儀礼に色濃く残る田の神の信仰をみても、田の神は春になると里へ降り、秋が終わると山へかえると信じられ、今も素朴な「山の神さん」の信仰をとどめています。それに、山は里人に豊かな恵みを与えてきました。また水源でもあったのです。大江山の南斜面を流域とする宮川は、古文献に、昔、神通河と呼んだとあります。

 大江町の元伊勢内宮の背後に、美しいピラミッド型の日浦ケ嶽があります。山頂には、岩座(いわくら=神の依代)と思われる巨岩が立っています。この山、一願成就の神体山として、今も信仰されていますが、遙拝所からみると、夏至の日、夕日が山頂に沈みます。偶然とは思えぬ神秘的な光景です。

 巨岩といえば、福知山市の天座と大江町橋谷の境、かつての但馬街道、俵(たわら)峠の頂上に、巨岩がゴロゴロと並んでいます。「御座岩」といわれ、天照大神降臨の地で、これが天座の地名由来と伝えていますが、この巨石群の正体は一体何なのでしょうか。

 大江山と三岳山が、古い時代、修験の霊場であったことも、今では忘れ去られようとしていますが、修験の関連遺跡は、今もかなり残っています。この両山の麓に、古刹が多いことも忘れてはなりません。すでに普甲寺や大仲寺はあとかたもありませんが、大江山や三岳山が信仰の山として栄えた日があったことを、ひとときたぐりよせてみたいものです。

大江山 鬼伝説 節分と鬼、酒呑童子を語る
福知山のニュース両丹日日新聞WEB両丹