集めた鉄道切符3万枚
ポッポランドスタッフ 藤尾 忠雄さん
 福知山市新町商店街の福知山鉄道館ポッポランドでスタッフとして活躍する北近畿鉄道友の会会長、藤尾忠雄さん(78)=兵庫県山東町=は、知る人ぞ知る鉄道切符のコレクター。東海道本線で蒸気機関車が大活躍していた小学生のころから鉄道の一人旅を始め、中学校に進むと切符集めに夢中になった。その後も熱は冷めることなく、方々を訪ねては乗車券や入場券、記念切符などを手に入れる。コレクションの数は現在約3万枚。同鉄道館に展示しているのはごく一部で、自宅にはまだ未整理のものが多く眠っている。記された日付や運賃、使われている紙の質などから時代の移り変わりが分かり、1枚1枚にいろんな思い出が詰まっている。

一枚一枚に残る旅の思い出 収集歴65年 入場券は全国JR駅の半数

 藤尾さんが鉄道に関心を持ち始めたのは6歳のころだった。父の弘二さんが鉄道省で働いていたため、自宅に近い山陰線の梁瀬駅によく出かけた。当時、山陰線で活躍していた蒸気機関車は

福知山鉄道館にも自身が集めた鉄道切符の一部を展示している藤尾さん
、主に客車のけん引に使われ、ハチロクの愛称で親しまれた8620形、そして貨物用はキュウロクと呼ばれた9600形。黒煙をもくもく上げて目の前を通り過ぎると胸がときめいた。

父がくれた時刻表をいつもまくら元に

 小学校に進むころには、自他とも認める鉄道ファンに。「学校から帰って駅に遊びに行くのが毎日楽しみでした。暗くなるまで駅舎の周りの柵にしがみついて、行き交う列車を眺めていたものです」と振り返る。そのころの宝物は父がくれた1冊の時刻表。毎晩、寝床に入るとページをめくり、全国の駅に思いをはせた。その後、小遣いが手に入るとまず本屋に向かい、時刻表を買い求めた。現在保管している時刻表は1000冊近くに上る。

小学5年で初めて鉄道の一人旅へ

 時刻表を何時間眺めていても飽きなかったが、やがて物足りなくなり、遠出の願望がわいてきた。初めて列車の一人旅へ出かけたのは小学校5年生の時。行き先は、島根県の大社線(1990年に廃線)の出雲大社の玄関口になっていた大社駅だった。「車窓の移り変わる風景、ゴトンゴトンとレールの継ぎ目を越える車輪の音、窓から入り込む石炭のにおい……。列車に乗っていると何もかもが心地良くて、それ以来、列車の旅が病み付きになりました」。6年生ではさらに西の下関へ。その後、夏休みや日曜日は四国、九州へと足を延ばした。

思わぬ出来事で収集始まる

 切符は最初は集めていなかった。ただの紙切れという程度の認識だった。収集のきっかけは中学1年生の時の思わぬ出来事。「確か大津駅だったと思います。間違えて手前で降りてしまい、

陶器製、扇子付き、ラジオ付きなど珍しい切符
駅員さんが『ぼく、切符がないと列車に乗れないよ』と下車印を押して返してくれたんです。途中下車すれば、改札で回収されるはずの切符を手に入れることができる。汽車に乗るだけでは何も残らないけど、切符を集めると日付や運賃が記されていていい記念になる」
 今までに集めた切符は3万枚を上回る。内訳は乗車券を中心に急行、特急券などが約2万枚、駅の入場券約3100枚、記念切符約6000枚、珍品切符約1000枚。乗車券でもさまざまな種類があり、代表的な「石原から福知山ゆき」(昭和34年発行、3等10円)というような形式の常備片道一般式、「竹田から大阪市内ゆき」(昭和31年発行、3等310円)という形の着駅併記式、乗車駅から乗車できる区間の路線図を記した形の地図式、赤字で「小」の文字を入れた子ども用、往復な
どがそろっている。
 北丹鉄道の「福知山西から公庄ゆき」(昭和39年、40円)、神戸電気鉄道から国鉄に乗り入れる「湊川から福知山ゆき」(昭和39年、2等315円)など私鉄のものもある。入場券も多く、国鉄(JR)だけでも全国の約5000駅の半分以上を持っている。

手に入れるのにさまざまな苦労も

 切符を手に入れるにはそれなりの苦労があった。途中下車だけでは思うように集まらず、顔見知りの駅員に頼み込んだこともある。「ローカル線は列車の本数が少なく、1度降りると次の列車が来るまで何時間も待つことがたびたびでした。1枚でも多く手に入れるため、行き違いや追い越す列車の待ち時間を有効に使い、列車が着くと改札口まで一目散に走りました。終列車が行ってしまい、駅舎で夜を明かしたこともあります」。とくに入手が難しかったのが終戦直後。石

昭和51年に福知山駅が発行した天皇陛下御在位50年記念の急行券
炭事情が悪く、列車の運行が限られていたため、切符は各駅割当制になっていた。
 珍品切符は89年に和田山町であった「駅・鉄道・旅」展に出品して人気を集めた。巻紙になっているものや経本が付いたもの、イヤホンでラジオが聴けるもの、扇子付き、列車をデザインしたジグソーパズル形、信楽焼、金属製、双眼鏡付きなど楽しいものばかりだ。
 記念切符も多彩。発売が本格的に始まった昭和30年代からのもので、関西のものでは「大阪−姫路間電化記念乗車券」「米原駅・日本万国博覧会記念入場券」「北丹鉄道営業休止謝恩優待乗車券」「和田山駅・特急あさしお号新設記念入場券」などがそろっている。「記念切符は限定販売。発売日を調べて朝一番に販売場所に行く必要がある。1枚の切符のために仙台まで出かけたこともありました」

夢は私設の資料館建設

 98年秋の同鉄道館開館と同時にスタッフになった。火、金曜日に山東町から通い、館内のNゲージレイアウトの運転などをしている。鉄道資料館の建設がかねてからの夢で、北近畿に初の鉄道館ができたことを喜んでいる。だが、切符以外にも週1度は動かすというNゲージレイアウトや全国の列車ダイヤ、列車行先札(サボ)、列車愛称名票、鉄道模型、鉄道図書など鉄道コレクションは計4万点近くに上り、自宅近くに自身の鉄道資料館を建設するのが夢だ。
 孫で中学3年生の章太君は、藤尾さんにひけをとらない鉄道ファン。今もよく一緒に鉄道の旅をする。鉄道資料館建設が実現しなければ、孫に夢を託したいという。
 「38年間、教員生活を送りました。夏休みなど旅に行ける機会は多く、鉄道ファンとしては恵まれていたと思います。家族に『おじちゃんの道楽で家が2軒ほどは建ったかもしれない』と今でも冷やかされることがありますが、切符は私の人生、足跡の証人。これからも集め続けたい」と笑みを浮かべる。

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