第2回 大江町2

 被災状況を見て、町幹部は絶句した。「町の復興に何年かかるか見当もつかない」。あちこちで山が崩れ、川がはんらんした。道路は寸断され、孤立する集落が相次いだ。

 町の復興 着実に進む 公共土木や農業関係

 公共土木施設や農林商工関連施設などの被害総額は、49億4900万円。中でも被害が大きかったのは公共土木など建設関係で、被害額は18億8100万円に及んだ。

 その復旧工事は、これまでに約70%が完了、または発注済み。日常生活に欠かせない公共下水道や農業集落排水、簡易水道の各施設は、すべて終えた。道路、河川、橋は、進ちょく率50%程度。一部道路はまだ通行止めのままだ。

 建設課の坪内茂樹課長は「今年度の国庫負担の配分が年明けに決まると聞く。残る工事がほぼ終わるのは06年度中になる見込み。すべてを終えたわけではないが、これまで国、府の支援を受け、地元の方々や業者の協力で、よくここまで進んだと思う」と率直な感想を漏らす。

 農林関係も大打撃を受けた。被害額は11億9400万円。農地は川のはんらんで大量の土砂が流れ込んだ。被災面積は395ヘクタール。今年は、その半分で作付けをあきらめざるを得なかった。

 天田内地内は、雲原川の濁流が襲った。大量の土砂が、代々守り継いだ農地を飲み込んだ。大きな岩やスギ、ヒノキの大木までもが流れ込んだ。田は河原と化した。

 その面積は15ヘクタール。被害査定額は約1億3000万円。翌月には地権者34人で農地災害復旧委員会(荒賀憲雄委員長)を立ち上げ、町など行政に陳情活動を展開した。

 今年6月から復旧工事が始まり、左岸側約13ヘクタールは今月25日に完了する。右岸側約2ヘクタールは、まだ手付かずだが、来春の作付けには間に合うよう要望しているという。

 荒賀委員長は「米がよく取れる良い田んぼがすべて駄目になった。昭和28年や47年の水害でもこれほどはひどくなかった。こんなになったのは初めてです」と話す。

 そして「今年は米が作れず、農家でありながら米を買うことになる家もある。しかし、役場や業者のみなさんが頑張ってくれて、美しい田んぼによみがえってきた。本当に喜んでいます。ただ、上流部の堤防で仮の土のうが積まれたままのところがあって、この秋再び台風が襲来しないか心配しています」と不安を口にする。

 農林関係は、約90%の工事を発注した。うち70%は年内に完成し、ほかは来春の作付けに間に合うよう工事が進む。残る10%は06年度に持ち越さざるをえないのが現状だ。

 担当する井田一己産業課長は「公共土木にかかる農地について一部で作付けを2年待ってもらうことになる。工事では土砂を取り除き、土を入れ替えた所もある。農業は土作りが基本で、場所によっては、一から土作りを始めないといけない田も出てくるかもしれない」と完了後の課題を話す。

小売店などは深刻 再開後も客戻らず

 商工関係は、店舗や工場が水につき、12億9000万円もの損害を受けた。廃業に追い込まれたり、後継者の問題もあって閉店したところが何軒かある。確かな数は把握できていない。

 商工業者は、公的支援が限られる。ある関係者は「中小企業者には緊急融資制度や利子補給制度などがある。しかしいくら低利でも返済できる見込みのないものは借りることが出来ない」と厳しい現実を話す。

 売り上げが戻らない小売店も多い。浸水で長く店を閉めた。その結果、ひいきにしてくれていた客が福知山市内のスーパーやディスカウントショップで買い物をし、再開しても戻らない。

 また、被災家屋の修繕費がかさみ、日々の生活費を節約する。それまでなら買っていた商品も買わずに我慢する家庭が増えた。そのことが売り上げ減少につながっているという関係者もいる。

 役場前の商店街・9(ナイン)で酒店を営む松本守雄さん(61)は「実際に売り上げは、被災前の5割以下に落ち込んでいる。そうでなくても経営が厳しかったのに。あの台風が追い打ちをかけたかたちです」と語る。

 役場庁舎や町総合会館、学校など公共施設は一応の改修を終えた。浸水した役場は、改修されて当時の悲惨な状況を物語るものはない。復興に追われた職員は、その作業が峠を越し、元の職場で災害事務と日常業務をこなしている。

 伊藤堯夫町長は「すべてが元通りになったわけではないが、正直言って1年でよくここまで復旧できたと思う」と振り返り、「これも町民のみなさんがくじけることなく頑張り、全国のみなさんが助けてくれたおかげ。職員も不眠不休でよくやってくれたと思う」と感謝する。


写真上:宮川支流の雲原川がはんらんし、天田内の水田に大量の土砂が流れ込んだが、復旧工事できれいに整備された

写真下:町役場前の「9」一帯が浸水した。再開しても売り上げが落ち込んだまま戻らない店も多い

福知山のニュース両丹日日新聞