第1回 大江町1

昨年秋の台風23号の襲来から20日で丸1年を迎える。大江町や福知山市は、1953年(昭和28年)の”28水”以来の大災害に見舞われ、各地に大きなつめ跡と被災住民の心に癒えない傷跡を残した。あの悪夢の時から1年が過ぎ、まちの復興と貴重な教訓を生かした防災の取り組みが進む。被災地の今を取材した。きょうから6回連載する。

 教訓生かし防災対策進む 町役場 情報伝達機能を充実

 大江町は死者2人、家屋の損壊・浸水2093棟という大災害となった。地域によっては壊滅的な状況となり、不自由な生活を強いられた。公共の施設や農地、山林も甚大な被害を受けた。被害総額は49億4900万円で町の年間予算に匹敵する。

 防災拠点の町役場も1階が水につかった。要の防災情報無線室が水浸しになり、停電。想定外の異常事態が暗闇の中で起きた。町民に災害情報や避難を伝える機能を失った。

 このことを教訓に今春、1階の総務企画課横にあった防災情報無線室の機能を2階に移した。町と府の防災行政無線、消防無線、衛星電話など主要機材の本体をすべて上げた。仮に昨年と同じ事態に至っても町民に必要な防災情報を流せるようにした。

 浸水で停電の原因になった屋外の変電設備と自家発電設備を、地上2mのところまでかさ上げして設置した。発電能力もアップさせた。2階防災情報室には、すべての送電が止まっても、24時間程度は必要な電力を各機器に供給できる非常電源装置を備えた。これらの整備に約6400万円をかけた。
 初動態勢も強化。大雨や暴風雨などの予報、警報が出た際、従来第1号動員では町長以下15人で臨んでいたが、22人態勢にして情報収集の強化を打ち出す。

 避難対策計画も見直した。これまで町の防災行政無線による放送で町民に知らせていた避難勧告と指示に基準を設け、勧告と指示の2種類のサイレン信号と放送で流すようにした。

 そして出すタイミングについても町は「昨年の災害を契機に、これまでより情報が早く入手できるようになり、そのぶん勧告・指示を出す総合判断も早くできるようになった。また高齢者ら災害弱者が激しい風雨のときに避難するのは危険が伴うことから、必要と判断した時は仮に青空であっても早めに出したい」という。

 独自のハザードマップも作成した。片面の洪水・土砂災害の警戒地図では、地図上に昨年の台風23号の浸水状況を浸水の深さ別に色分けして示した。1次・2次避難施設と広域避難施設の所在地、施設名を一覧表にまとめ地図に記した。もう1面の洪水情報地図は、福知山の水位と大雲橋水位の相関関係などを載せた。約2000部作り、全世帯と防災関係機関に配布した。

町内各支部に倉庫を近く設置

 防災倉庫設置もこの10月から進む。災害発生の恐れがある時は、旧村単位に6つの対策支部が設けられるが、この全支部に倉庫を設け必要な資機材を保管する。

 倉庫は、スチール及びアルミ製で、床面積は約7・9平方m。水がつかない公共施設のそばなどに設置する。中には小型発電機、ハロゲン灯、担架、災害組織用救急箱、トラロープ、防水シートなどの資器材をはじめ、ヘルメット20個、毛布・アルミロールマット各25枚、防じんマスク100枚、飲料水用ポリ缶6個、乾電池ライトと乾電池、携帯電話の充電にも使える発電式FM・AMラジオなど、避難生活に必要な備品を備えて万が一の際は、ここから持ち出し使用する。

 このほか、これまで各支部に1台しかなかった無線機を新たに1台、トランシーバーも2、3台追加配備した。町災害対策本部と支部の情報のやり取りだけでなく、支部内での情報伝達がスムーズにいくようにした。

 また、住民への災害情報の提供手段として、NHK京都放送局、KBS京都、エフエム京都の放送事業者に協力を依頼。府内の各市町村が避難勧告・指示を出した場合、府を通じてテレビ、ラジオでその内容を放送してもらう。

 防災行政無線がダウンした場合でも、放送局を通じて確かな情報を住民に流す。特に、停電時は携帯ラジオが威力を発揮する。町は、携帯ラジオを非常時の携行必需品の一つにあげて町民に呼びかけている。

 町は、23号災害を教訓に、様々な対策を検討し、厳しい財政下でこの1年、出来る限りの取り組みを進めてきた。来年1月には福知山市と三和、夜久野両町と合併する。合併後には新市防災計画の策定が進む。大江町の歴史は水害の歴史とも言われている。これまでの貴重な教訓は、その中に反映されることになる。


写真:町は役場2階に防災行政無線などの主要機材をすべて移し、充実させた

福知山のニュース両丹日日新聞