第4回 福知山1

 由良川左岸に位置する福知山市戸田は、古くから洪水に悩まされてきた。ようやく、住民の悲願だった堤防が国によって築かれることになり、集落内の100戸余りのうち70戸が移転対象となった。そのため市は、隣接地の約6・2ヘクタールに移転先の用地を造成した。60戸ほどはここに住居を構える予定だが、土地を離れる人もいる。

 「早く築堤を」の願い強く 戸田 近く始まる集落移転

「この地で暮らす宿命、仕方ない」

 由良川改修への期待が高まっていた矢先、由良川からあふれ出た濁流にまたしても襲われた。68棟が床上浸水、16棟が床下浸水した。4回しか乗らなかった自家用車、消防団員の拠点・消防車庫、丹精込めて作った米…、挙げればきりがないほど多くのものが洪水の犠牲になった。

 移転が決まっていた田中作治さん(80)の家も水につかった。しかし、作治さんは避難所となった戸田会館に行かなかった。足を取られたら一瞬のうちに飲み込まれそうな激流が、集落を襲っていたためだ。

 ”近くて遠い”と感じた避難所に行くことよりも、自宅にとどまることを選んだ。家の中に流れ込む木材を、竹の棒を使って必死に防ぎ、家を守った。水は床上30cmの高さにまで達した。

 水が引いたあとも、しばらくは、ぬれて重くなった畳上げ、泥さらいなど、後片付けの日々が続いた。

 それから約1年。17日に田中さん一家は、中丹広域農道沿いに広がる移転先の造成地の一角で、地鎮祭を執り行った。祭壇に向かって祝詞を読み上げる神職の背後で、正装でかしこまる田中さん一家。来春には新居が完成する予定だ。施主の作治さんは「きょうは、ほんまの出発点」と、しみじみ話した。

 「水がつくと、苦しさ、つらさ、惨めさを感じる。体験したものにしかわからん」と、何度も洪水に遭ってきた作治さんは険しい表情を見せる。しかし、「自然に対して、人間がいくらもがいてもあかん。この地で暮らす”宿命”やからしゃあない。新しい宅地も造成してもうたし、どうこうはいえん」

 来春、新居が完成すると、60年余過ごした木造の住宅は取り壊す。1940年(昭和15年)の大火で焼けたあとに、しばらくしてから再建した住宅。1953年(昭和28)のいわゆる「28災」をはじめとする度重なる洪水にも耐えてきた愛着ある家だ。離れることは寂しい。その家で過ごすのも、残りあと半年。

 移転はするものの、「また水がついたらかなんのうと思う。床もなにもドロドロになる。堤防ができるというても、まだまだ先。一抹の不安はある。地鎮祭を終え、第一段階の安堵(あんど)だが、由良川の早期改修を願う」と作治さん。

 地鎮祭に出席したのは妻の久野さん(80)、亀岡市に住む息子夫婦の勇さん(59)と千代枝さん(54)。久野さんは「永久に水がつかなくなるようにしてほしい」と力を込める。



緊急車両の進入困難が解消

 移転先用地には幅6mの道路が新設され、移転対象外の地域の道路新設、狭い道路の改良などが進む。「戸田の道路は狭く、救急車や消防車といった緊急車両の進入が困難だった。この不利な点が解消される」と、杉山忠・自治会長(68)は集落の環境整備に期待を寄せる。

 今は草が伸びる更地がほとんどだが、年内にも槌音(つちおと)が響き、やがて家が建ち並ぶ。07年3月末までには移転を完了させなくてはならない。戸田の街並みは一変するが、「早く堤防を」との住民の願いは変わらない。


写真上:一夜明け、戸田方面を望む(昨年10月21日)
写真下:移転先で地鎮祭に出席する田中さん一家。「水がつかなければ」との思いは強い
福知山のニュース両丹日日新聞