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両丹日日新聞2017年11月10日のニュース

錦織り成す紅葉 境内や参道に550本のもみじ

参道で色付くもみじ 「丹波のもみじ寺」として知られる京都府福知山市奥野部の長安寺(正木義昭住職)で、もみじが色付き、見ごろを迎えている。すでに市内外から多くの観光客が訪れ、赤や黄色に彩られた木々の景色を楽しんでいる。

 同寺の境内や参道には約550本のもみじが植わっている。今年は例年と比べて3、4日早く、10月終わりごろから色付き始めた。

 10月22日に福知山市などに最接近した台風21号の強風で一部の小枝が折れたり葉が落ちたりしたが、大きな被害はなかった。

 参拝者は遠くから青葉とのコントラストを眺めたり、近くで葉の色付き具合を見たりしている。

 正木住職(58)は「昨年の紅葉は飛び抜けて良く、今年もそれに近い状況です。雨の日も葉がしっとりとぬれて風情があります」と話す。今月26日ごろまでが見ごろという。

 拝観料が必要で、大人300円、中高生100円、小学生以下は無料。拝観時間は午前9時から午後4時30分まで。問い合わせは長安寺、電話(22)8768へ。

■12日にもみじ祭り■

 同寺で12日午前10時から午後3時まで、もみじ祭りが催される。本堂と書院で煎茶道・売茶真流のもみじ茶会がある。茶券として300円がいる。午前中は琴、尺八の演奏披露。正午からは長安寺公園憩いの家で、長安寺保勝会(奥田省三会長)の総会がある。


写真=参道で色付くもみじ

細川幽斎築造当初の宮津城絵図“発掘” 京都府立丹後郷土資料館

 あまり知られていない宮津城について、地中に埋まっている遺構などの埋蔵文化財と、資料の山に埋まっていた中から発掘した「資料の埋蔵文化財」で紹介する特別展が、京都府立丹後郷土資料館(宮津市国分)で開かれている。「宮津という地に居城を拵えて−地中に眠る宮津城」。12月10日まで。

 石垣などの遺構がとぼしく、宮津に城があったことは地元の人たちにも、あまり知られていなかった。

 かつて丹後の中心として栄えていたのは成相寺側の府中。今の市街地側がにぎやかになったのは、天正8年(1580)に細川藤孝(幽斎)が築城したのが始まりだった。

 慶長5年(1600)の関ケ原の合戦では、藤孝が宮津城を焼いて田辺城に籠城して西軍を足止め。この功績で細川家が豊前へ移封。代わって京極氏が宮津城主となり、城の改修・拡張を行い、寛永年間(1624〜44年)に完成したとされている。

 これまでは1644年以降に描かれた絵図が、知られている中で最も古い資料だったが、今年3月に、それより古い時代の絵図が確認された。見つけたのは丹後郷土資料館の資料課長で、金沢城調査研究の専門委員もしている森島康雄さん。金沢市立玉川図書館近世史料館で展示されている加賀前田家の資料の中から、偶然見つけた。金沢の関係者にも「宮津城の絵図がある」ことは分かっていたが、最も古い宮津城の形を描いたものだとは知られていなかった。

 本丸がすぐ海に面していて、本丸と二の丸の間に堀がある。城の周囲の地形からも、細川氏の築城当時のものだと分かる。今回の特別展の目玉として展示している。

 このほか、京極氏を改易した幕府が1667年に、荒れていた宮津城を直轄で改築した際の、現地宮津と江戸との間で交わされた文書類も展示。これまで着目されていなかったが、詳細に見てみると、傷んでいる場所と修復方法、個別の経費が詳細に記されていて、当時の城の構造や規模が克明に浮かび上がってくる。

 こうした調査結果で明らかになってきた城の姿と、発掘調査の様子、現在の市街地を対比した資料も展示して、視覚的にも分かりやすくしている。

 郷土資料館は月曜休館。会期中は入館料大人250円、小中学生70円。

■25日に文化講座■

 25日午後1時30分からは館内で文化財講座を開く。広島大学大学院の三浦正幸教授が「ありし日の宮津城の姿」と題して話す。


写真=初期の宮津城を描いた絵図と森島課長


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