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両丹日日新聞2013年10月 4日のニュース

震災復興の願い託された苗 福高三和分校で「ふっこうキュウリ」に

1002kyuri.jpg 東日本大震災の復興のシンボルになればと、福知山市三和町千束の福知山高校三和分校(蘆田美代子副校長)の生徒たちが、福島県からの移住者が古里の思い出として持ち込んだキュウリを大切に育てている。収穫したものをピクルスなどに加工し、「ふっこう(復興・福高)キュウリ」と名付けて、11月9日の文化祭で販売する予定にしている。

 2年半前の福島第一原発事故の影響で、三和町に一家で移住してきた遠藤聡さん(37)が、古里を去る際、何か地元のものを持っていきたいと、毎年祖母が栽培していたキュウリの種をもらった。それは赤茶色の太いキュウリで、通常のものとは違う。
 
 その年、ポットに植えて世話をし、順調に苗までは育てた。だが、「絶対に絶やしたくない」という思いから、農業のプロがたくさん勤務する三和分校に託すことにした。
 
 遠藤さんは「あの時は、苗を枯らさないようにと無我夢中でした。いま思えば、見ず知らずの人間が持ってきた苗を世話してくださって、本当にありがたかったです」と感謝する。
 
 受け取った学校側は、どんなキュウリか分からなかったため、2年間は先生らが栽培。安定して育てられるようになったことから、今年は、農業科の3年生8人が世話することにした。
 
 これに先立ち、4月に遠藤さんからこのキュウリへの思いについて話を聞き、生徒たちは「確実に育てよう」と奮起。そんな矢先、遠藤さんに「おばあさんが亡くなった」という悲しい知らせが入った。
 
 すぐ故郷に戻り、葬式に参列した遠藤さんは、孫代表のあいさつで「ばっぱ(おばあちゃん)からもらったキュウリは、京都で地元の高校生が育ててくれているよ」と伝えたという。
 
 それから学校では、このキュウリを復興のシンボルにしたいと考え、栽培に力を入れるとともに、キュウリの正体を探ったり、しょうゆ漬けやピクルスなどに加工したりして、商品化を目指して取り組んできた。
 
 1日には、遠藤さんを招いての中間報告会をし、このキュウリは沖縄県などで栽培されている「モーウイ」という種類のものであること、いろんな加工方法を試した結果、しょうゆ漬けが一番人気があったことなどを伝えた。
 
 このあと、生徒たちが工夫して育ててきたキュウリをみんなで収穫した。山下唯人君は「商品化するために必要な100キロを目標に、これからも栽培していきたい」と話していた。
 
 遠藤さんは「このキュウリが商品化され、復興のシンボルになるのは、うれしいことです。これからも授業に役立ててほしい」と期待している。
 
 
写真=復興のシンボルに−と期待を込める遠藤さん(前列中央)と生徒たち

    

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