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両丹日日新聞2013年5月16日のニュース

鳴りやまぬ小橋コール 福知山出身のプロレスラー引退

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 福知山市出身で、国民的人気プロレスラーだった小橋建太選手(46)が現役を引退した。東京・日本武道館で11日に行われた引退記念試合では、超満員の1万7000人が見守るなか、全力を出し切って有終の美を飾った。「プロレス人生に悔いはありません」。そう語り、「鉄人」は、鳴りやまぬ小橋コールのなかリングを去った。

■歩んだ道に「悔いなし」 不屈の闘志で人々に希望与える■

 小橋選手は、惇明小から桃映中、福知山高へと進み、卒業後に就職したが、プロレスラーになる夢を捨てきれず、退職。1987年に全日本プロレスの門をたたいた。
 
 デビュー後は、人一倍の練習と努力を積み重ね、三冠ヘビー級王座、世界タッグ王座などを獲得した。00年に新団体プロレスリング・ノアに移籍。GHCヘビー級王座を13度防衛し、「絶対王者」と呼ばれる存在になった。
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 人気レスラーになってからも、たびたび福知山に里帰りした。三段池公園総合体育館で開かれた大会では、元気な姿を地元のファンに見せた。市のドッコイセ大使第1号として福知山のPRに努めてきた。
 
 しかし、06年6月に腎臓がんが発覚し、右腎臓を摘出。リング復帰は絶望的−との声が多いなか、不屈の闘志でトレーニングを続け、546日ぶりに復帰を果たし、多くの人々に勇気と希望を与えた。
 
 それ以降も、ひじやひざなどの故障に悩まされ続けた。昨年7月に行った首の手術後のコンディションが思わしくなく、昨年12月、ついに引退する決意を固めた。

■恩師の高橋さんらリングで花束贈呈■

 試合の前には引退セレモニーがあり、元日本テレビアナウンサーの徳光和夫さん、野田佳彦前首相ら多数の著名人から記念品が贈られた。
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 小橋選手が福知山高校柔道部時代の恩師と慕う、高橋征夫さん(72)=福知山市岡ノ上町=もリングに上がり、「長い間おつかれさまでした」と声をかけながら花束を手渡し、25年間の頑張りをねぎらった。

■ムーンサルトで現役にピリオド■
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 ラストマッチは、過去にベストバウトを獲得した武藤敬司、秋山準、佐々木健介の3選手をパートナーに、歴代の付き人であるKENTA、潮崎豪、金丸義信、マイバッハ谷口組と対戦する8人タッグ。
 
 序盤から、全盛期をほうふつとさせる動きを見せる小橋選手。ハーフネルソンスープレックスといった豪快な投げ技などのほか、相手の胸を真っ赤に染めるまで渾身の逆水平チョップを繰り出し、元付き人たちに「小橋スピリット」をたたき込んだ。
 
 試合の最後は、拳を突き上げてのショートレンジ豪腕ラリアットを金丸選手に打ち込み、武藤選手との連続ムーンサルトプレスで3カウント。特大の小橋コールのなか、39分59秒という熱戦で現役にピリオドを打った。

■プロレスは青春そのもの■

 試合後、小橋選手は「これまで歩んできたプロレス人生は、自分の青春でした。しかし、これからも青春は続きます。ファンのみなさんのおかげで、私は最高のプロレス人生を歩くことができました。本当にありがとうございました」と、感謝の気持ちを伝えた。
 
 
写真=多くのファンから祝福を受ける小橋選手
写真=引退試合で渾身の逆水平チョップを何度も放ち観衆を魅了した
写真=福知山高校柔道部時代の恩師・高橋さんも福知山から駆けつけた
写真=ムーンサルトで現役引退
 
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