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両丹日日新聞2012年12月26日のニュース

古里の歴史を後世に 川口・公誠で学童疎開の寺など巡る

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 福知山市川口・公誠地域の歴史や文化を探るフィールドワークが夷で行われ、戦時中に大阪からの疎開児童を受け入れていた大信寺などを巡り、当時の様子を知った。

 川口中学校の吉田武彦教諭(54)の個人企画で、校区の川口・公誠地域の歴史や文化を知り、生徒や他の教諭らに伝えていくことを目的に4月から始めた。
 
 8回目となる今回は24日に地元の人ら11人が参加。最初に大信寺を訪れた。同寺は戦時中の疎開先となっていて、1944年(昭和19年)3月から45年8月にかけて、大阪市豊崎国民学校の5年生約60人が暮らした。豊崎校からは上川口地区の6カ寺へ計172人が疎開し、上川口国民学校に通っていた。
 
 大信寺には疎開していた児童たちが食事をしたり、くつろいだりしている姿を撮った写真、元児童が寺への感謝の気持ちをつづって送ってきたハガキ、児童作の俳句をまとめた冊子などが残っていて、大江文童住職(64)が各資料について説明した。
 
 参加者たちは疎開の期間や児童の全体の数、生活の様子などについて質問。大江住職は「終戦になっても、家庭の事情で、しばらくは寺で暮らしていた人もいたと聞いています」と話した。
 
 当時の様子を知る上大内の足立貞夫さん(78)は「これだけ古い写真が残っているのは大変貴重。疎開の児童たちは集団で遊んでいたことが多かったが、私も一緒に遊んだ記憶があります」と懐かしんでいた。
 
 このあと、近くにある江戸時代の庄屋の家や出石街道沿いにあった茶屋跡などを巡り、川口中学校で生徒たちが取り組んだ地域調べの作品も見た。
 
 
写真=大信寺では疎開児童の写真など貴重な資料を見た

    

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