WEB両丹

きょうあったいい話、夕飯までに届けます。京都府福知山市の情報を満載した新聞社サイト

タブメニュー

両丹日日新聞2012年11月13日のニュース

不登校親子に寄り添い20年 430人の悩み受け止めてきた福知山教育センター

1113tenbou.jpg
 不登校児童・生徒の相談を受けてきた福知山教育センターが、11月で発足20年を迎えた。これまで多くの親が戸をたたき、勇気と展望を得てきた。福知山市昭和新町の府立中丹勤労者福祉会館でこのほど、苦しい日々を乗り越えてきた親たちが集まり、節目を記念した「20周年のつどい」を開いた。

■親たち駆け付け記念のつどい■

 1992年、元小学校教員の安達忠志さんを中心に、教職員OBによる「福天教育センター」が誕生した。長い教員生活で得た経験をもとに、現役教員や保護者たちから教育、子育てに関する様々な相談を受ける組織としてスタート。活動を開始すると同時に、不登校の子どもの相談が相次ぎ舞い込んだ。
 
 不登校という言葉はまだ無く、登校拒否と呼ばれた時代。社会では「登校拒否は怠け」「子どもが学校へ行かないのは親が甘やかしているから」とされ、母親たちは「私の子育てが悪かったのだ」と自分で自分を責め、子の将来を悲観するばかりの毎日だった。
 
 そこには親を追い詰め、子を更に苦しめる悪循環しかないとして、教育センターでは、当時の主流だった親を叱責する指導法をとらず、親の悩みを受け止め、不安を取り除くことを柱にした相談活動に徹した。
 
 センターが親の救いの場になると、どの親も同じように努力をし、苦悩を重ねていることが分かりだし、親同士で集まる「展望の会」が生まれた。
 
 同じ悩みを持つ人同士とあって、安心して話ができ、胸の中にたまっていたものを全て吐き出せた。心が軽くなると、失っていた笑顔がふと取り戻せたりした。一人で苦しんでいるのではなく、一緒に頑張っている仲間がいるという心の支えを得ることもできた。
 
 親が一番心配したのは子の将来。相談員たちは「どの子にも進路は開かれている」と、励ましてきた。実際、進学や就職を果たす子たちが続いた。
 
■「どの子にも進路は開かれている」ことを実証■
 
 20周年のつどいでは、子どもたちのその後も報告された。日本を飛び出して海外留学し、外国の大使館職員をしている男性。資格を取って介護の仕事をしている若者。銀行に就職した人や、いま大学で勉強に励んでいる学生ら様々。相談した子は430人を超えるまでになった。
 
 参加した親たちはセンターが「出口のないトンネルに光を差してくれた」ことなどを口々に振り返った。親身になって相談活動をしてきた安達さんは、いじめなど学校教育の現場が抱える様々な問題を取り上げながら「一人ひとりの子どもの心の中が教師に見える学級にしなければ」と、教育環境の改善を訴えつつ、「私はみなさんを支えているなんて思っていない。みなさんに支えてもらっている」と話した。
 
 北本町二区の福天教育会館で月1回開いている展望の会には、今も毎回のように新しい親が参加。悩みを話したり、“先輩”たちの経験してきたことを聞いたりしている。教育センターの相談活動は、新しい相談員を迎えたりしながら今後も地道に続けていく。
 
 
写真=20年を振り返る安達さん

    

[PR]



株式会社両丹日日新聞社 〒620-0055 京都府福知山市篠尾新町1-99 TEL0773-22-2688 FAX0773-22-3232

著作権

このホームページに使用している記事、写真、図版はすべて株式会社両丹日日新聞社、もしくは情報提供者が著作権を有しています。
全部または一部を原文もしくは加工して利用される場合は、商用、非商用の別、また媒体を問わず、必ず事前に両丹日日新聞社へご連絡下さい。

購読申込 会社案内 携帯版 お問い合わせ