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両丹日日新聞2012年3月 7日のニュース

あすへの教訓(2)石巻・海の男たち「生まれたここで生きる」

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 昨年7月にボランティアで訪れた宮城県石巻市へ、2月28、29両日に再び入った。人々の復興への思いは変わらないが、直面する課題も見えてきた。被災地の今−。

 7月に知り合った石巻市南東部、三陸海岸の牡鹿半島中ほどにある谷川浜地区でホヤ養殖を中心に漁業を営む三浦政浩さん(48)の案内で、被災地を回った。
 
 牡鹿半島には、漁業が盛んな複数の浜(地区)があるが、軒並み津波被害で養殖施設や資材を失った。
 
 再起へと活発に動く小渕浜を訪ねた。昨秋に種付けしたワカメの収穫期を迎え、海辺は活気づいていた。
 
 ワカメ養殖歴30年以上の阿部大志さん(72)は、収穫したワカメを入れて塩もみするための網を作っていた。津波で全て流され、一からそろえ直したという。
 
 「ここで生まれて、育った」愛着ある古里だが、津波に漁業資材と家を奪われ、孫を亡くした。悲しみは深い。それでも「よそに行って、つても何もないわしが、どうやって生きていける?」と、現実を受けとめる。
 
 今は後継者の娘婿と力を合わせて奮起する日々。「借金があっても頑張るしかない」と笑った。
 
 牡鹿半島で100日以上過ごした「牡鹿半島を支援する会」事務局長の石見喜三郎さん(69)=東京都立川市=は「一番元気な小渕浜でも漁業で生活が成り立っていくのはまだ先」と険しい表情を見せる。阿部さんは「一日も早く立て直して取引ができて、生活できるだけの値がついてほしい」と切実に願う。
 
 小渕浜とは対照的に、再起への動きが低調な浜もある。実際にその海辺に行くと人影はなく、横を歩く三浦さんが「復興への兆しが見えないでしょ」と肩を落とした。
 
 低調の理由は様々で、漁師たちが意見の相違で分裂したところがあれば、即収入になる復興特需の瓦礫撤去などにシフトして、漁業から遠のいた人もいる。どれも生きるための選択で、正否は誰にもわからない。ただ、震災がなければバラバラになることはなかった。
 
 前回7月に立ち寄った鮎川浜の復興市場が気になり、向かった。
 
 以前はテントを連ねて週1回の開催だったが、支援団体の資金援助を受けて常設の建物の「おしかのれん街」に発展。仕入れなどで開店日はまちまちだが、水曜日は全店舗が開く。海産物、加工品、雑貨、酒、土産品などを販売している。
 
 場所が整い、いざ復興へと足並みをそろえるが、課題が出てきている。震災後の4月から常駐するボランティアの渡辺裕介さん(28)は「牡鹿半島の人口は4500人から2700人まで減って需給のバランスが崩れています。店を開いて待っているだけでは商売が成り立たない」という。
 
 今はまだボランティア活動に来た人たちが寄ってくれるが、それもいつまで続くか保障はない。漁業再興も同じで「長期を見通した計画を今作らないと」と危惧する。
 
 復興への気持ちだけでは生活できない問題を残したまま、被災地の時間は止まらない。
(足立秀高記者)
 
 
写真=漁業再起を誓いワカメ漁の網を作る阿部さん
 
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