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両丹日日新聞2012年1月15日のニュース

防災に古文書(上):安政の大地震前の大阪市街地図 津波の被害知る手がかりに

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 約200年前の江戸後期に作られた大阪市街地の地図「増修改正摂州大阪地図」が、福知山市本堀の学校教師、吉田二三雄さん(84)宅にある古い歴史資料の中から見つかった。作製から48年後、大阪は安政南海大地震の津波で大きな被害を受けた。吉田さん宅にある、当時の出来事を記した資料と地図を照合すると被害の状況がよく分かる。今後の防災計画などに役立つ貴重な資料となりそうだ。

 吉田さんの祖先は、福知山市大江町公庄で伊豆姓を名乗る庄屋だった。明治になって本堀へ転居した際、たくさんの資料も一緒に移して保管しており、吉田さんが資料を調べている。地図は作業を進める中で発見した。
 
 「天明9年(1789)御免」とあり、この年に国の許可を受け、文化3年(1806)に作製された。縦、横155センチあり、家屋や川、橋、各藩の米蔵などが詳細に記されている。
 
 地図が描かれてから48年後の安政元年(1854)、潮岬沖を震源とするマグニチュード8・4の安政南海大地震が発生。この津波が大阪市街地にも押し寄せ、たくさんの橋が流され、多くの犠牲者が出た。
 
 吉田さん宅に残る、当時の出来事などを記載した「永代萬覚書」には、この津波で被害にあった船の数や犠牲者の数を橋ごとに記している。これと地図とを照合すると、どこでどれだけ被害があったかがよく分かる。
 
 「永代萬覚書」は、庄屋だった吉田さんの曾祖父、伊豆浅次郎さんが出来事を記録に残したもの。当時、江戸と京都の間には三度飛脚という月に3回行き来する飛脚があった。
 
 現在の久美浜(京丹後市)の代官所とも飛脚が行き来し、伊豆家は、飛脚の中継点になっていた。このため、国内の様々な正確な情報が伊豆家に届いていたという。
 
 吉田さんは「この地図や資料を震災の被害軽減に役立ててもらえれば」と話し、必要な人がいれば貸し出すことにしている。
 

写真=200年前の大阪の地図
 
【関連ニュース】
 ・防災に古文書(下):江戸時代の地震、ペリーの黒船など記述の資料

    

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