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両丹日日新聞2012年1月 1日のニュース

丹波、丹後に残る麻呂子親王鬼退治伝説(下)

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■伝説由来の地名多く 二瀬川周辺■

 大江山を流れる二瀬川には、麻呂子親王が鬼退治のあと、鬼を斬った鎌を投げ入れたとされる「鎌渕」という深い池のようになっている所がある。

またその近くには、鬼の妖術で周囲が嵐となり、親王らが乗っていた馬が立ちすくんだことから付けられた「馬止」という場所も。更には、額に鏡を付けた白犬が現れ、鏡で照らしたところ、明るい一筋の道が開け、親王らが進んだといわれている坂「あかさか」もあり、伝説由来の地名が今も残っている。
 
■鬼退治に貢献した白犬と鏡まつる 仏性寺の美多良志荒神■
 
 白犬の付けていた鏡をまつっているのが、仏性寺の二瀬川渓流に架かるつり橋・新童子橋のそばにある美多良志荒神。この鏡は鬼のすみかも照らし、退治することが出来たという。鬼が倒れたあと白犬は死に、同荒神と加悦の大虫神社にまつられた。
 
 美多良志は「み照らし」からつけられたとも考えられ、古来、困難なものごとの見通しをよくしてくれる神として厚い信仰を受けている。
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■挿した竹の杖から芽が吹き戦勝確信 関の逆竹神社■
 
 清園寺近くにある関の逆竹神社にも親王の伝説が残っている。
 
親王の軍勢が鬼退治に行く途中に神社周辺で休息。親王が地面に竹の杖を逆さに挿して、戦闘で勝てるなら、翌日には竹から芽が出るだろう−と告げたところ、一夜のうちに根付き、芽を吹いた。家来たちは霊力のある親王の下で戦えば勝てると、士気を高めた。
 
逆さの竹の逸話が神社創建につながったとみられる。
 
 鬼や大江町の歴史に詳しい福知山観光協会大江支部の赤松武司副支部長(59)=大江町金屋=は「酒呑童子伝説の源頼光の逆さ杉の話は、逆竹神社の話を基にしていると考えられる」と話している。
 
■お手植えの杉 内宮の皇大神社■
 
 軍勢は逆竹神社同様に内宮の元伊勢内宮皇大神社にも寄ったらしく、参道には親王が手植えしたとされる杉の大木が存在する。
 
 鬼退治が達成出来ることを願って植えたといわれ、もともとは3本あった。1本は明治時代に台風で倒れ、もう1本は落雷の影響で枯れたため、10年ほど前に切り倒した。
 
 皇大神社の佐藤仁禰宜(76)は「残っている1本は樹齢1500年ほど。杉に向かって手を合わす人や幹にさい銭を埋め込む人もいます。神社にとっては大切な木で、雷が落ちない限り枯れないでしょう」と言う。
 
 このほか親王ゆかりの地は丹後、丹波の広範囲に及び、多くの逸話を残す。酒呑童子伝説は麻呂子親王伝説を基にしてつくられたという説もある。
 
 日本の鬼の交流博物館の塩見行雄館長(63)は「麻呂子親王の鬼退治伝説の時代は、地方に仏教が浸透していった過程とだぶることから、仏教徒にならない人たちを鬼と称して物語をつくり、仏教が広まるようにしたのではないでしょうか」と話す。
 
 

写真=逆さに挿した竹から芽が吹いたという逸話が残る逆竹神社
写真=お手植えの杉は3本あったが、今は1本だけになっている

    

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