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両丹日日新聞2011年6月 1日のニュース

大戦末期に都市から疎開、正明寺に戦闘機工場 4日に現地をたどる会

0601sensou.jpg 旧海軍石原飛行場など、地元に残る戦争と平和に関する歴史資料を調べている「中丹の歴史と文化を掘り起こす会」が、4日午後1時30分から福知山市正明寺方面で、現地をたどるフィールドワークを行う。会員以外にも参加を呼びかけている。

 掘り起こす会は、大戦末期に構築された海軍福知山航空基地(通称・石原飛行場)について、石原、土、前田地域の人たちに聞き取り調査をしたり、現地をたどるフィールドワークや文献調査などを通じて全容を浮き彫りにしてきた。
 
 飛行場周囲には戦闘機「紫電改」の工場が設けられ、重要な軍需施設になっていたことが分かった。同時に、石原飛行場・工場と連携した部品工場が、篠尾、正明寺方面に設けられていたことが分かった。
 
 こうした調査結果を基に、2009年に篠尾方面でフィールドワークを行い、工場整備に携わった人から当時の様子などを聞くことができた。
 
 一帯に設けられた工場は、激しさを増す都市部の空襲から疎開させてきたもので、工作機械の据え付けなどを急ぎ、稼働開始は昭和20年(1945)8月15日の予定となっていた。一部では一足早く生産を始めていたが、本格操業を始めることなく、終戦を迎えたという。
 
 その後に進めた調査で、工場は隣接する正明寺方面にもあったことが分かってきた。正明寺にある臨済宗大興寺では、工場や関連施設の場所をメモ書きした配置図が見つかった。
 
 先代住職の塩見義直さんが書き留めた「大興寺記録」の中に「佐々木部隊工事記」として、工場疎開のいきさつと共に、工場群の配置が略図で残されている。
 
 塩見さんは南陵中学校の教頭も務めた人で、1987年12月に80歳で亡くなった。
 
 配置図には、掘り起こす会が地元の人たちの記憶を頼りに聞き取りしてきた話の通りの場所に施設が記されており、「これまでの調査結果を裏付ける資料として貴重です」と会のメンバーたちは話している。
 
 現住職の有賀祖道さんは「工場が本格的に動き出す前に終戦を迎えたので、このあたりが空襲に遭うことはありませんでしたが、もう少し戦争が長引いていたら、福知山も大変なことになっていたでしょう」と話し、平和の大切さに思いを新たにしている。
 
 ワークショップは同寺駐車場に集合し、地元の人たちに案内を受けながら、半地下工場跡や建設に携わった人びとの生活の場などを確認して歩く。参加費は資料代として300円。学生は無料。
 
 
写真=工場配置図を手に平和への思いを語る有賀住職

    

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