WEB両丹

きょうあったいい話、夕飯までに届けます。京都府福知山市の情報を満載した新聞社サイト

タブメニュー

両丹日日新聞2011年3月16日のニュース

旧橋に惜別と感謝の思い 蓼原の住民が尾藤橋を背に記念写真

0316bitou.jpg 福知山市大江町の由良川に新しく永久橋の「大江美河橋(河守−千原間)」が出来た。新橋は洪水時に水面下になる潜没橋「尾藤橋」と「波美橋」を統合する形で新しく架けられた。古い2橋は取り壊されることになっているが、尾藤橋の左岸にある蓼原地区の住民たちがこのほど、尾藤橋で記念写真を撮った。前日の急な呼びかけにもかかわらず50人以上が集まり、旧橋に惜別と感謝の思いを込めた。

 尾藤橋は町内にある4つの潜没橋の一つで、橋が出来るまでは渡しがあり、昭和2年(1927)に現橋より高い木橋が造られたのが始まり。その後、水害で何度か架け替えられ、現橋は昭和30年に出来たという。
 
 新橋の架設で取り壊される運命となったため、地元の荒木伊佐男さん(79)が、みんなの思い出になるようにと旧橋をバックに記念写真を撮ることを思いつき、新橋が開通した12日夜、町内放送で全戸に参加を呼びかけた。
 
 集合時間は13日正午に決めていたが、30分前に来る人もいて、1歳から80代後半まで住民53人が集まった。撮影は写真館経営の新治貢さん(69)が担当。好天のもとで、橋をバックに全員が並び納まった。
 
 普段から車で橋を渡ることは多かったが、じっくりと見る機会は少なかったこともあり、「他の潜没橋と比べ、橋脚が一番多い」などと話し合っていた。
 
 新治さんは「子どものころは由良川でよく泳ぎ、橋の上からもよく飛び込みました。こうしたことで泳ぎが上手になったものです」と懐かしむ。写真は額にして、地元の公会堂に掲げることにしている。
 
 荒木さんは「新しい橋ばかりに目が向けられていますが、先人たちが苦労して架けた旧橋にお別れがしたいと思い、呼びかけました。こんなにたくさんの人たちに来ていただけるとは思ってもみなかった。尾藤橋はいつか無くなると覚悟していましたが、やはり寂しい。橋が壊される前に、橋の近くで対岸の人たちとバーベキュー大会でも出来れば」と話していた。
 
■小冊子も作成■
 
 荒木さんは尾藤橋についての小冊子を作った。蓼原村に伝わっていた古文書をひもとき、橋が架かる前の渡しのほか、架橋に至る歴史などを詳しく紹介している。昭和2年完成の木橋や工事中のコンクリート橋などの写真も載せている。
 
 
写真=尾藤橋をバックに思い出の写真を撮った

    

[PR]



株式会社両丹日日新聞社 〒620-0055 京都府福知山市篠尾新町1-99 TEL0773-22-2688 FAX0773-22-3232

著作権

このホームページに使用している記事、写真、図版はすべて株式会社両丹日日新聞社、もしくは情報提供者が著作権を有しています。
全部または一部を原文もしくは加工して利用される場合は、商用、非商用の別、また媒体を問わず、必ず事前に両丹日日新聞社へご連絡下さい。

購読申込 会社案内 携帯版 お問い合わせ