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両丹日日新聞2009年10月23日のニュース

インドの大地に根を張り、人びとに奉仕続けて半世紀

両親、兄弟の墓に手を合わす牧野さん 母国との架け橋となり、半世紀以上にわたりインドで活躍してきた牧野財士さん(85)が、このほど生まれ育った福知山市口榎原へ帰郷し、父母、兄弟の墓に手を合わせた。牧野さんの記録映画がインドで制作されていて、撮影のための一時帰国。久しぶりの古里に「街の様子は変わったけれど、榎原の自然は昔のままです」と喜んだ。
 

■榎原出身の牧野財士さんが一時帰国し古里で両親の墓参■
 
 牧野さんは1924年(大正13年)2月、当時の上豊富村榎原で農家の9人兄妹の末っ子として生まれた。旧鳥取高農獣医学で学び獣医となり、戦後しばらく仏教の修行に専念。その縁でインドへ渡り、獣医畜産の指導をすることになった。1958年(昭和33年)6月、神戸から船で出発。「少なくとも10年は故国の土を踏まじ」と固く心に誓っての派遣が、半世紀の滞在となった。
 
 指導のための渡印だったが「インドから何かを学ぼう、インド人の幸福のために自分の出来ることで奉仕させていただこう」と志し、インド各地で様々な活動を続けてきた。現地の人びとの教育、指導、産業振興のほか日印双方の留学生支援などに力を注ぎ、1974年からはインドを代表するタゴール大学で長く教授を務めて更に活動の場を広げてきた。
 
 95年には功績が評価されて勲4等瑞宝章を受章。97年には宮沢賢治イーハトーブ賞を受けている。
 
 ガンジーにならって糸車をひきながら瞑想をし、いまもインドの人びとのために尽くす姿は、両国の多くの人から慕われている。
 
 映画は、牧野さんの生家などを収録する予定だったが、撮影隊のスケジュールの都合で牧野さんが立ち寄った、娘夫婦が住む広島での撮影のみ行い、牧野さんはカメラ撮影なしで静かに古里の地を踏むことができた。
 
 帰ってきたのは17日。苦労を共にしてきた妻のユキさん、娘の外川セツさんとその夫で広島大学准教授の外川昌彦さんらと車で福知山入り。旧福知山中学時代の同級生で獣医師の平野力さん、生家を継ぐ甥の牧野源司さんの出迎えを受け、墓所へ向かった。
 
 杖をつきながらも、確かな足取りで坂を上り、両親や兄弟の墓にひざまずいて読経。戦死した兄弟らの墓を家族に順に教え、「立派に世話をしてもらっている。ずっと願っていた墓参がかなってうれしいです」と、おだやかな笑顔で語った。
 
 娘のセツさんも「10歳で初めてこの地に来て、上豊富小学校に半年通い、ここで日本語を覚えました」と懐かしんでいた。
 
 
写真=両親、兄弟の墓に手を合わす牧野さん

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