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両丹日日新聞2009年8月 7日のニュース

最後の一柱が戻るまで戦後は終わらない 戦争体験語り継ぐつどい

0807sensou.jpg 第4回夜久野戦争体験を語り継ぐつどいが6日、福知山市夜久野町羽白の瑞林寺であった。戦没者の遺骨を南洋諸島で発掘・収集する旅に参加した市内の元福知山高校教諭、福井譲治さん(77)が当時の状況を話し、つどいに参加した約25人が不戦の誓いを新たにした。戦争体験を語り継ぐ会(塩見均代表)主催。
 

 福井さんは、1953年1月31日から3月18日まで、当時の運輸省航海訓練所の練習船「日本丸」の乗組員として、実習生や政府関係者、戦没者遺族、僧侶や神官らと一緒に、国の第2次世界大戦の戦没者遺骨収集と慰霊の旅に参加した。
 
 南洋諸島のうち、アンガウルでは「400人の日本人が住んでいたが、終戦時に生存者はいなかった。遺体は寄せ集められ、まとめて埋められた。その場所を1メートルも掘れば、ごろごろと遺骨や遺品が出てきた」という。激戦地となって多くの日本人が戦死したグアムでは遺骨を集めて焼く際、「遺族代表の涙ながらの別れの言葉に胸が締め付けられた」と当時の思いを話した。
 
 帰国後は、戦争を繰り返さないためにも平和教育が大切と実感。船を下りて大学へ入り、教師人生を歩み始めた。12月8日が近づくと、生徒たちにこの日は太平洋戦争開戦の日で、「日本が悲劇の道を歩み始めた日」と教えてきたという。
 
 ソ連で抑留され死亡した三和町出身の男性の遺骨が、親族の元へ戻ってきたという先日の新聞記事に触れながら、「わたしたちが約50日間の旅で持ち帰ったのは440体分。いまも遺骨収集は続けられているようだが、今なお海外で放置されている戦没者は115万柱から116万柱といわれる。最後の一柱を収集するまで戦後は終わらない」と訴えた。
 
 つどいではこのほか、戦争に関する紙芝居や長崎の原爆投下を海上の船の上で見たという地元の男性の話などもあり、参加者が熱心に耳を傾けた。
 
 
写真=遺骨収集の旅の状況を話す福井さん
 

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