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両丹日日新聞2009年7月20日のニュース

ここで戦闘機を作った 旧海軍石原飛行場(上)

「紫電改」の半地下工場跡を示す西田さん 福知山市の石原から前田にかけて、第2次世界大戦の末期に飛行場が作られた。旧海軍福知山航空基地。1・7キロの滑走路を中心に、国鉄山陰線を挟んで今の日新中学校、福知山高校周囲にまで、更には由良川を挟んで佐賀小学校周囲にまで高射機関砲陣地、兵舎、燃料庫など様々な関連施設が分散配置されていた。最高軍事機密であり、戦後の混乱もあって全貌(ぜんぼう)を知ることができる資料は残っていないが、地元の人びとの記憶には、まだ当時の光景が残っている。

 今のうちに調べておこうと、市民グループ「中丹地方の歴史と文化を掘りおこす会」が基地(通称・石原飛行場)を調べ、資料にまとめている。6月には地元の人に説明を受けながら現地を巡るフィールドワークを行い、新たに貴重な証言を集めた。
 
福知山市中坂町、成仁小学校の斜面真下では、局地戦闘機「紫電改」の工場跡を見ることが出来る。
 中坂町と南土野町の境。かまぼこ型の工場が3棟ほどあったという。残っているのは、そのうち1棟の基礎部分。
 
案内役を務めた土の西田博さん(79)によると、このコンクリート基礎の上に30−40センチの厚さで杉板をアーチ状に敷き、コールタールを塗り、その上に土を厚くかぶせてカムフラージュ。周囲は雑草が生えたままにしてあり、上空からは工場が分からないようにしてあった。
 
 「独特のにおいがする観音開きのドアがあった」といい、工場群は大池坂まで続いていたと西田さんは話す。
 
写真=「紫電改」の半地下工場跡を示す西田さん
 
 土の集落はずれの竹やぶの中には、コンクリートの四角い建造物がある。飛行隊の指揮所として建設された施設で、入り口前には爆風よけに、L字型の壁が設けてある。
 
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 西田さんは「昼夜兼行で建設作業が行われていて、8月15日の夜も、予科練の人たちが裸電球をぶら下げて作業していましたよ。終戦の連絡は届いて無かったんでしょうねえ。翌日からは作業が無くなりました」という。
 
 入り口は頭をぶつけないよう腰をかがめて入る必要があるが、中は広く、楽に立てるスペースがある。「いまはコウモリの巣になっています」と、歴史と文化を掘りおこす会の人たちが説明していた。
 
 

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