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両丹日日新聞2008年10月17日のニュース

神輿が縁の交流始まる 三和町芦渕と京都・嵐山の人ら

1015asibuti1.jpg 福知山市三和町芦渕の王歳神社でこのほどあった秋祭りに、京都・嵐山にある松尾大社の氏子で、摂社・櫟谷(いちいだに)神社に奉仕する16人が訪れ、神輿渡御(みこしとぎょ)に参加した。地元の担ぎ手45人とともに地区内を回り、多くの人たちと触れあい、「来年は互いの祭りへ参加を」との約束を交わすなど、神輿を通じた交流が芽生えた。
 

 宝永3年(1706)の作と伝わる王歳神社の神輿が取り持つ縁で氏子たちの初訪問が実現した。きっかけは、自治会長の岡村さん(65)のホームページ。
 
 昨年秋、岡村さんは自身のホームページに、王歳神社の祭りと神輿の由来を掲載。地元の岡部宮司のまとめた資料に基づき、神輿は宝永3年の作で、櫟谷神社奉納後、下竹田前木戸(丹波市市島町)の二宮神社が譲り受け、弘化2年(1845)に王歳神社の所有になった経緯を紹介した。
 
 これを、今回訪れた氏子の一人、山本さん(58)=下京区=が偶然目にし、岡村さんにメールを入れた。現在、山本さんたちが使う神輿は、宝暦13年(1763)に、延享(1744−48)以前の大神輿の代わりに作ったものとの記録が残るが、以前の大神輿がどこの宮に納まったか不明のままとの内容だった。
 
 櫟谷神社は、西京区嵐山中尾下町にあり、渡月橋南の桂川左岸に鎮座する。神輿は、神社から下京区にかける旧京街道の西七条筋の15町内の氏子で所有。150人余りで組織する櫟谷会が神輿担ぎを受け継ぎ、春の松尾大社の「神幸祭・還幸祭」で大きな役割を担っている。
 
 山本さんは家族、親族あげての櫟谷会の会員。王歳神社の神輿には、本体に飾る鏡の裏に「松尾櫟谷大名神」の刻銘があり、行方が不明とされてきた大神輿に間違いないと確信した山本さんは、「ぜひ神輿の見学とともに、可能ならば神輿への肩入れもさせてほしい」との申し入れをした。
 
 岡村さんも、地元の祭り実行委員会の田中委員長らに、この経過を報告し、委員会で諮ったところ、全員一致で歓迎することが決まったという。
 
 秋祭り当日は、神輿渡御に合わせて一行が到着。出迎えた岡村さんらとあいさつを交わしあったあと、宮司から神輿の説明を受け、鏡の刻銘などを確認し、300年前の氏子たちが奉納した神輿に見入った。
 このあと、白い法被、地下足袋姿になり神事に参列。青い法被を着た地元の担ぎ手45人とともに、地区内のお旅所を巡った。
 
 道中では、最長300メートルを連続して担ぐ櫟谷の神輿の話など、地元の人たちとの会話も弾んだ。また山本さんら50代以上の会員の肩と首筋に出来ている大きな瘤(こぶ)を見て、神輿にかける気概の大きさに、みんな感心していた。
 
 渡御を終えた山本さんは「芦渕に我々の300年前の神輿が残っていたことに、会のみんなも驚きました。今回は突然の申し入れを快く受けて下さり、感謝しています。ぜひ芦渕のみなさんにも、春の松尾祭に来ていただきたい。法被を用意してお待ちします」と喜んでいた。
 
 また岡村さんも「櫟谷会のみなさんに喜んでいただけ、ほっとしています。春には希望者を募って、ぜひ嵐山の祭りを見学したい。神輿が縁で始まった交流、大事に育てていきたい」と話していた。
 
 
写真=渡御前に境内で神輿を囲む櫟谷会の一行(白い装束)と芦渕の人たち
 

    

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