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両丹日日新聞2008年9月18日のニュース

鎌倉時代初期の戸田集落の様子を確認 埋文センター発掘調査で

0918toda01.jpg 由良川の堤防築造に伴い集団移転が進む福知山市戸田集落で、移転家屋跡の発掘調査をしていた府埋蔵文化財調査研究センターは17日、「鎌倉時代の柱穴や溝から瓦器(がき)などが出土し、松尾大社の古文書に書かれている戸田(富田)村を確認することができた」と発表した。23日に現地説明会を行う。
 

■遺跡から大量の焼き物
 
 戸田集落は堤防工事にかかる家屋が隣接区域へ集団移転することになり、多くの家が既に移転した。一帯は、これまでから土師器(はじき)や須恵器(すえき)が出土し、遺跡があることが分かっていたため、堤防の土盛りがされる前にと、今年4月から発掘調査が行われてきた。
 
 発掘したのは移転跡のうち、約2300平方メートル。鎌倉時代の掘っ立て柱建物の柱の跡、集落を区画する溝、畑の跡などが見つかり、当時日常的に使われていた黒い瓦器の椀(わん)、土師器の皿などが出土し、中世の12世紀後半に集落が誕生したことが分かった。
 
 「日本第一の酒造りの神」とされる京都・嵐山の松尾大社には、社領(荘園)として「富田」「とた」の村名が石原と並んで記述された13世紀の古文書が残っており、埋文センターは「この文書に出てくる戸田集落の様子が確認できた成果は大きい」という。古文書によると、戸田は当時雀部庄に属していた。
 鎌倉時代以降も「豊かな集落だった」と見られ、中国製の青磁や青白磁などが大量に見つかり、江戸時代初期の有田(佐賀)の焼き物もすぐに使われていることから「日本海−由良川の水運を利用し、かなり豊かだった様子が分かる」という。
 
 また当時の畑の様子も確認でき、移転前まで使われていた集落内の道や区割りが、鎌倉時代から、ほぼそのまま使われていたことも分かった。
 
 今回の発掘区域のはずれの川沿いには、小さな池の跡も見つかった。石垣の組み方から、これも鎌倉時代のものと見られる。すぐ近くには浦島伝説にまつわる水神神社(浦島神社)の池「お沼(ぬう)」があり、地元にとっては関連が気にかかるところだが、埋文センターは「今回の調査では関連までは分からない」としている。
 
■23日に現地説明会
 
 現地での発掘説明会は23日午前10時30分から。問い合わせは現地事務所用携帯電話090−9718−3588へ。
 
 
写真=集団移転した跡で行われている発掘調査
 
 

    

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