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両丹日日新聞2007年10月16日のニュース

儒学者・岩渓嵩台の墓 整備され子孫らが参拝

1016haka.jpg 福知山藩の8代藩主、朽木昌綱(1750−1802)が福知山に呼び寄せ、藩士たちに儒学を教えた岩渓嵩台(いわたに・すうたい)の墓が、福知山市下篠尾の円応寺にある。その墓がこのほど、檀家たちの協力で整備され、15日に嵩台の子孫3人が訪れ参拝。「きれいにしていただき、本当にうれしい」と喜び、江戸時代に描かれたとされる嵩台の肖像画の掛け軸などを寺と市に寄贈した。
 

1016sutai.jpg 嵩台は、安永7年(1778)に、昌綱の招へいで福知山へやって来たとされる。最初のころは京都から月1回通っていたが、その後、福知山の内記町に移り住んだ。
 
朽木昌綱が京都から呼び寄せた偉人 
 
 儒学者、医者として名高い人物だったが、昌綱と同じく、書や絵にも通じる文人として知られ、福知山でも長年、嵩台についての研究が進められてきた。70歳前後で亡くなったとされ、墓も作られたが、近世に入っては無縁仏のような状態となったらしい。昭和52年(1977)に、当時福知山史談会員だった故石井實さんが円応寺の墓地で倒れかけた嵩台の墓を見つけた。同54年ごろには嵩台の6代目にあたり、墓を探していた木田さん(71)と夫(77)が石井さんと出会い、墓が円応寺にあることを知った。
 
 その後、同寺の大山義信住職が、藩士の墓の中にあった嵩台の墓をきちんと起こしてまつっていたが、歴史上重要な人物の墓を目に付きやすい場所に移し、広く知ってもらうことができたらと、檀家に墓の整備の協力を呼びかけ、昨春完成した。7年前には木田さんの兄の岩渓さん(77)が位牌(いはい)を作り寺に納めた。
 
 墓は墓地の真ん中あたりに移設。墓の周りには縁石を施して、向かって右側に嵩台の墓石、左側に夫人の順潔の墓石を並べた。
 
 岩渓さんらは墓地が判明してから、これまで何度も墓参りに来たが、今回は嵩台の命日=文化9年(1812)10月16日=にあわせて参拝した。新しくなってからは初めてで、今回は木田さん夫婦と岩渓さんが訪れた。3人は大山住職とともに墓の前で手を合わせて祖先の霊をなぐさめた。
 
 岩渓さん、木田さん夫婦は、整備されたことに感謝し、ゆかりの地で末永く置いてもらえればと、嵩台の肖像画の掛け軸や嵩台直筆の書画などを寺と市に贈った。岩溪さんは「地元の方々に整備していただき、本当にありがたい。亡くなった父親もずっと墓を探していたので、親孝行ができました。今後もできるだけ参拝したい」と話している。
 同寺では嵩台の墓の後ろに、嵩台のことを記した説明看板を立てることにしている。
 
 
写真上=新しくなった墓の前で手を合わせる岩溪さんら
写真下=寺に寄贈された嵩台の肖像画の掛け軸
 

    

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