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両丹日日新聞2007年1月16日のニュース

大戦中の石原飛行場跡 掩体壕の一部を保存

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 福知山市土、市道上荒河観音寺線(旧中丹広域農道)沿いの農地にある旧海軍石原飛行場跡地の「掩体壕(えんたいごう)」が、このほど市の総合整備事業に伴って取り壊されたが、一部は保存されることになった。戦争を語り継ぐ貴重な“遺跡”であることから、保存を望んでいた地元の人たちは「一部でも残せてよかった」と話している。

 
 掩体壕は戦時中に航空機を空爆から守るために造られるものだが、石原にあったのは航空機の搭乗員の待機場所として使われた。通常のものより小さく、長さ10m、幅2m、高さ2・5mだった。鉄筋コンクリート製で、穴を掘った地面に、かまぼこ状に伏せた形で設けられていた。
 
 石原飛行場は太平洋戦争末期に、前田から土、石原、戸田地区一帯にかけて造られた。滑走路の長さは1700mあり、周囲には飛行隊指揮所、格納庫などのほか、大小の掩体壕があったが、戦後取り壊されたりして、この掩体壕だけが残り、飛行場の存在を後世に伝えていた。
 
 掩体壕は市の西中筋総合整備事業の計画地内にあり、撤去が決まったあと、大槻恒彦・遷喬地区公民館長(72)=石原=が日新地域公民館管内の雀部、成仁、佐賀の3地区公民館長に、「貴重な戦争の証しなので、一部でも残すことができないだろうか」と話を持ちかけ、4地区公民館長が連携して市に要望。一方で市民有志による署名運動も行われ、一部の保存が認められた。
 
 保存が決まったのは北側の入り口部分。奥行き85cmのところで切断することにし、撤去日の11、12両日に、業者によって慎重に作業が進められ、クレーンなどを使い、石原の日新地域公民館に移された。
 
 重さが5tあり、公民館敷地内の図書館前付近にしっかりと設置することにしている。大槻さんは「一部だが、市の協力で保存することができた。今後も平和、人権学習として利用できたらと思っています。長く大切に残していきたい」と話している。
 

写真:保存が決まった掩体壕の一部


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