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両丹日日新聞2007年1月 1日のニュース

邪気をはね、福をもたらす 華麗な押し絵羽子板

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平穏な1年を願って

 大正末期から昭和時代までの華やかな羽子板。江戸時代に庶民の娯楽として発展した歌舞伎役者の絵柄だ。男形は、きりりと精悍(せいかん)な顔つき、女形は優しさが漂う。そして連獅子は豪快な毛並み。押し絵細工で巧みに仕上げられ、今にも飛び出してきそうな立体感がある。
 
 昔から、正月の女児の遊びといえば羽根突きが代表的だったが、今ではその姿もほとんど見られない。だが、飾り用に手がけられる押し絵羽子板は、縁起物として女児の初正月に贈る習慣が残っている。
 
 羽子板に込められたのは子どもたちが健やかに育ってほしいとの願い。邪気をはね(羽根)のけて、福をもたらす縁起物ともいわれる。子どもにまつわる事件が全国で相次いでいるが、今年は災害や事件がなく、だれもが平穏に暮らせる年であってほしい。

 和紙や粘土で草木の盆栽を表現する工芸盆栽と押し絵などに長年取り組んでいる福知山市萩原の氏良寿恵さん(75)は、押し絵の技術を駆使した押し絵羽子板にひかれ、自宅にさまざまな羽子板を集めて展示する一方、手作り教室を開いて愛好者の輪を広げている。
 
室町時代のころ中国から伝来
 
 羽子板の歴史は古い。起源は中国といわれ、室町時代のころに日本に渡来した。当初は羽根突きの道具として使われたが、その後、魔除けとして飾り用の羽子板を正月に女児に贈る習慣ができた。絵柄は最初、宮中の正月の儀式・左義長を描いたものが中心だったが、江戸時代になると歌舞伎役者を取り入れたものが流行し、押し絵の技法も加わって一層華やかさを増したという。
 
羽根突きや祝い品で贈った思い出も
 
 氏良さんも羽子板にまつわる思い出は多い。小学生のころまでは桐板に花嫁姿などが描かれた羽子板をまちの玩具店で買ってもらい、正月に近所の友だちと羽根を打ち合った。羽根の先についた黒くて堅い玉は「子が患わないように」と願いを込めた「無患子(むくろじ)」という大木の種子が使われていた。勝負で負けると墨で顔に×印を描かれたことも覚えている。女児の初正月の祝いとしてガラスケースに入った押し絵羽子板をもらったり、贈ったりしたこともある。
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 そんな懐かしい思い出がいっぱいの羽子板を集めたいと、1年前に自宅で初めて羽子板展を開いた。友人や知人約20人の協力を受けて集まった羽子板は50点余り。縁起物だけに、どれも大切に保管されていた。一番古いものは歌舞伎役者の男形をデザインした大正時代末期のものだった。
 
多くは歌舞伎役者の絵柄
 
 絵柄は多くが歌舞伎役者の女形。それぞれ華やかな着物姿でかんざしをつけているが、目の表情などが微妙に違うため、面相はさまざまで、鼓や傘を手にしたものも。手作り品が多く、今年のえとの亥など十二支の羽子板、結納品のきらびやかな松竹梅の飾り物を生かした高さ約1mの羽子板、細かなパーツを一つひとつ組み上げた押し絵羽子板などが並んだ。
 
 教室は氏良さんが自宅に愛好者を集めたり、ボランティア活動として社会福祉施設に出向いて開いている。押し絵羽子板は根気がいり、製作に時間がかかるため、造花を桐板に飾りつけるものや色紙を使ったものを作っている。それぞれの個性を尊重するように教え、和気あいあいと楽しい雰囲気のなかで制作が続いている。
 
 
【写真上】収集展示時に寄せられた手作りのえと羽子板
【写真下】自宅に愛好者を集めて開いている手作り教室


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