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両丹日日新聞2006年11月18日のニュース

100年以上前の藍の記録 福知山市内の民家2軒で発見

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 福知山藍同好会(塩見敏治会長)は16日、かつての藍の収穫量や売買状況を書いた記録が福知山市内の民家2軒で見つかった−と発表した。いずれも100年以上前に書かれたもので、同地方での藍の記録としては2、3例目に当たる。いずれも由良川流域での藍栽培の隆盛を裏付ける貴重な資料という。

 1点は同市荒河、芦田巌さん宅に伝わる金銭出納帳「大福帳」で、大きさは縦33cm、横12cm、厚さ3cm。今夏傷んだ土蔵を取り壊す際に10冊見つかった。

 藍に関する記録は明治27年(1894)から同32年までの「藍貫数之記」として、1年ごとの収穫量や紺屋などへの売り先、代金などが書かれている。収穫量は年によって違うが、芦田家の1年間の藍の収入が米3石(1石は150kg)余りの収入に相当し、現在の約12万円にのぼることが記録の上から分かっている。

 明治32年の天田郡長の各村への「巡視報告」によると、明治32年には庵我村で5000貫(1貫は3・75kg)、下川口村で800貫の収穫量があったと報告されており、今回の資料発見で、藍栽培が由良川流域で盛んだったことが証明された。

 もう1点は同市聖佳町、植村義一さん宅で見つかった年誌「歳々世常記」。植村家は当時、現在の同市池部にあった。慶応2年(1866)から明治17年までの19年間の記録で、藍に関しては生産量や代金が記入されている。

 明治5年の記録によると、植村家の年間の藍収入は81円78銭3厘にのぼっており、年間支出の80円3銭5厘をほとんど藍の収入でまかなっていたことが判明。

 また明治9年の記録では、日照りのあと大雨で大洪水となり、ほとんどの作物がとれなかった中で、水に強い藍は収穫することができ、池部村だけで藍の収入が3000円ほどあったことが示されている。

 両資料とも、藍の記録のほか、米などの他の作物の生産量、生活状況などが記されており、塩見会長(72)は「当時の農家や農村の様子を知る上で大切な資料となる」と話している。


写真:大福帳には6年間の藍栽培などの記録が記されている


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