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両丹日日新聞2006年10月 4日のニュース

朽木家の家紋入りの江戸時代の鎧見つかる 庵我神社

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 福知山市中、庵我神社でこのほど、江戸時代のものと見られる鎧(よろい)が見つかった。朽木家の家紋がついたものもあり、同神社と福知山城との深いかかわりを示す貴重な資料となっている。7、8両日の神社例大祭で展示披露する。

 同神社は平安時代にはすでに存在し、現在の社は江戸末期に建てられた。宝物としては、鎌倉時代に書家、藤原行房が書いたとされる「木造扁額」が残され、府の指定文化財にもなっている。江戸時代には福知山藩の代々城主や町の有力者らから庇護(ひご)を受け、宝物などが多数奉納された。

 今回見つかった鎧は4基。8月10日に本殿の床下で業者がシロアリ駆除をしていた際に出てきた。市教委によると、いずれも胴部分と腰周りを保護する草摺(くさずり)からなり、近世(江戸時代)以降によく見られた武具「当世具足」と呼ばれる形式のものという。

 2基の胴正面には福知山藩主である朽木家の家紋「四目菱」が見られる。残りの2基には輪を2つ重ねた不明の家紋があり、この胴部分の裏側には「丹波福知山東長町 奉納 塩見佐兵衛ヨリ 献上」の文字が記されている。江戸から明治にかけての祭礼の際に奉納されたと見られるが、なぜ同神社に奉納されたかははっきりとしない。

 かつて同神社前には馬場があり、流鏑馬(やぶさめ)が行われていたらしく、この際、福知山城主から警護の武士が出されていた記録が「丹波志」に残っているため、一部の鎧はこのような祭礼で奉納されたとも考えられる。

 市教委・文化財担当の八瀬正雄さんは「塩見佐兵衛という人物についてはもう少し調べる必要があるが、いずれにせよ長町周辺は城下の有力地域と推定されることから、庵我神社と福知山城の結びつきを物語る貴重な宝物です」という。

 同神社責任役員の原俊勝さん(62)は「鎧の発見で、庵我神社の存在が再び注目されるようになる。今後は扁額同様に大切に保存していきたい」と話している。


写真:見つかった4基の鎧。比較的保有状態がいいという


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