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両丹日日新聞2006年9月14日のニュース

御霊神社で貴重な資料次々と発見 光秀重臣の武具など50点

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 明智光秀の霊を祭る福知山市中ノ、御霊神社(岡部一稔宮司)で、福知山や同神社の歴史を知る上で貴重な資料・文献約50点が見つかった。昨秋、鎮座300年の節目を迎えたのを機に、境内の倉庫を整理して出てきたもの。光秀の重臣・四王天但馬守政孝が400年余り前に使っていた臑当(すねあて)や旧福知山城の釘隠(くぎかくし)・梁飾(はりかざり)、江戸期の福知山城の全ぼうを描いた「福知山故城之図」などがそろっている。

 同神社は、宝永2年(1705)、宇賀御霊大神(うがのみたまのおおかみ)を祭神とする稲荷神社に、光秀の霊が合祀(ごうし)されたのが起源。福知山の発展とともに歩み、城下町300年の歴史が凝縮されている。今年3月、岡部宮司らが境内北西にある大正期に建築された倉庫を整理したところ、貴重な資料が相次いで見つかった。

 資料・文献は同神社や福知山城にちなんだもので、いずれも歴史的価値が高い。臑当は、明治3年(1870)に奉納されたらしく、腐食が激しいものの、臑当と膝当(ひざあて)が左右そろって保管されている。古文書には写真が掲載されているが、所在が不明になっていた。四王天但馬守政孝は、光秀が丹波平定後、しばらく福知山城主を務めたと伝えられ、本能寺の変では二条御所包囲戦で負傷した光忠に代わって指揮を執った人物。

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 福知山故城之図は、天守閣や幾重もの城郭からなる江戸期の福知山城を描いたもので、縦95cm、横185cmの大きさ。城の全ぼうが分かる掛け軸などはあるが、横長のものは珍しい。裏面には「何百年、何千年と調製し、福知山の記念物にしてほしい」との願いが記されている。損傷が激しいため同神社巫女(みこ)の荒田久美代さんが複製して額に入れた。

 釘隠・梁飾は、明智家家紋の桔梗をかたどったもので、旧福知山城の裏門などに付けられていたらしい。2つを長方形の板に打ち付けて、大正5年(1916)、奉納額として奉納されている。

 このほか、「寛政10年」「御霊宮」と刻まれた鰐口(わにぐち)や境内社の養蚕神社の養蚕神勧請記録、子ども奉納相撲化粧回しなどが見つかった。すでに公開された安政5年(1858)の御霊宮扁額もある。

16、17日に新発見 社宝展で一般公開

 同神社社務所で16、17両日、「新発見社宝展」を開いて広く市民に公開する。時間は両日午前10時から午後4時まで。岡部宮司が、福知山史談会の西村正芳さんの協力を受けて作成した目録もあり、500円で販売する。


写真上:光秀の重臣・四王天政孝が着用した「臑当」、:福知山城の全ぼうがわかる「福知山故城之図」


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