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両丹日日新聞2006年3月15日のニュース

出征した9人が祈念碑 戦後60年過ぎ「今やらねば」

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夜久野町副谷 生還者48人の名刻む
 福知山市夜久野町副谷から出征した人たちが、地区内に平和祈念の石碑を建てる。生きて故郷に戻り、地域づくりを共にした48人も、年を重ね9人が残るのみとなった。「今やらなければ」と、戦後60年を迎えた昨年4月ごろから構想を練ってきた。このほど副谷公民館の一角に台石を整え、20日に建立、21日に地域住民ら約50人とともに除幕式に臨む。

 第二次大戦時、副谷地区には63戸があり、68人の若者が戦地に赴いた。なんとか生還した人たちを待っていたのは地域の復興問題だった。「戦地で死ぬことに比べれば」と、生還者が中心となって壮年会を結成し、終戦すぐの1947年以降、地区内の道路拡充、公民館建設、テレビアンテナ線の引き込み、地区所有林の造成などに力を合わせた。

 戦死した20人については地区内の八幡神社に慰霊碑を設け、毎年慰霊祭を執り行っている。仲間のこと、戦争のことを忘れる日はない。しかし、時が過ぎ生還者の数が減り、気付けばほとんど80歳以上の9人のみになっていた。ともに戦争を乗り越え地域のために頑張ってきた足跡を残し、平和を訴えたいと、戦後60年の節目を迎えた昨年が最後の機会だとして、石碑建立へ動き出した。

 足立實二さん(81)が声をかけ、大西年朗さん(90)、足立逸朗さん(86)、足立重雄さん(86)、衣川一郎さん(84)、大西秀雄さん(80)、足立義国さん(79)、大西勉さん(同)、足立重一さん(同)の生還者9人が世話人となって地域住民に協力を呼びかけた。

 「出征した自分たちが戦争の悲惨さと平和の大切さを後世に伝えなければ」とする一方で「思いを押し付けることにはならないか」との意見も出た。何度も相談を重ね、今年の正月直前に案が固まった。

 石碑は自然石で高さ170cm、厚さ80cmで、台石も含めると高さは2mを超える。正面には「平和祈念之碑」の文字を入れる。側面には生還の喜びと郷土の発展への感謝の念を込めた碑文、裏面に生還者48人全員の名前を刻む。

 世話人代表の足立實二さんは「戦死した人、生還したが亡くなった人も多くなってきた。出征した者がそのうちいなくなる。風化させたくない思いが募る」と話していた。

写真:平和祈念の石碑の台石を整備。20日に建立する


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