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両丹日日新聞2005年12月17日のニュース

苦労重ねて夢つかむ 柳田殖生選手が母校・福知山成美訪れ中日ドラゴンズ入団を報告

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プロ野球中日ドラゴンズからドラフト指名を受けてプロ入りした柳田殖生選手(23)が16日、母校の福知山成美高校を訪れ、恩師らに入団報告をした。3年生の夏に甲子園をわかせた「努力の選手」が、社会人野球、そしてNOMOクラブを経て夢をつかんだ。「高校3年間で身に付いた校是『勝魂』のおかげで、今の自分があります」と話し、「開幕1軍を目指して頑張ります」と飛躍を誓った。

4番・遊撃手で甲子園出場

 柳田選手は福知山商業高時代の1999年、4番・遊撃手として甲子園の大舞台に立った。卒業後は社会人野球のデュプロへ進んだが、家庭の事情などもあって2年で退社。その後1年、野球から離れたが、卒業後も目をかけてもらっていた成美野球部の田所孝二監督からNOMOクラブが発足することを紹介されて入団した。アメリカ大リーグで活躍する野茂英雄投手が設立したクラブチームで、プロを目指す選手たちが集まり、しのぎを削った。発足2年目から対外試合が始まり、3年目の今年はクラブ選手権、都市対抗にも出場。スカウトたちの目を引いた。

 自身は建設資材会社でアルバイトをしながらの野球生活。収入は月15万円。昼は資材運び、夜に練習という苦労をしながらプロ入りした姿は、テレビや新聞で大きく取り上げられ、今季のドラフトで一番話題の選手となった。

 10日に名古屋市内で入団発表が行われ、晴れて中日の一員となったことから、この日母校を訪れ、報告することになった。

 田所監督は「高校の時から頑張り屋だった。プロは更に厳しいし、練習も自分からやっていかなければならない。頑張ってくれよ」と激励。当時1年から3年まで学年主任として見守り、授業も教えた玉木正弘校長は「後輩たちの大きな励みになる」と喜んだ。

 福商のチームメートで、エースとして甲子園のマウンドに立ち、現在は成美学苑の事務職員をしている藤原健太さんは「見えない好プレーが多く、本当に頼りになる遊撃手でした。試合で助けられたことも多かった。自分のこと以上にうれしい」という。

 懐かしい顔に囲まれた柳田選手は「高校時代は怒られ役で、『なんでぼくばかり』と思いましたが、卒業してから、ありがたみが分かりました。3年間で学んだ礼儀、自分に勝つ『勝魂』は、社会に出てから大きく役立ちました」と振り返る。

 俊足、強肩に高い評価を得ているが、中日の現1軍は強力布陣。割って入るのは容易ではない。それでも夢をあきらめない。「野球ができない時は本当に寂しかった。夢は自分でつかむものだと分かりました。スタートラインに立ててうれしい半面、今からが厳しい世界の始まり。2月からのキャンプインに備えて体を作り、開幕1軍を目指したい」。力強く抱負を語った。


写真:母校を訪れ、田所監督、かつてのチームメートの藤原さんから激励を受ける柳田選手(中央)

    

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