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両丹日日新聞2005年12月 7日のニュース

市民号島原同行記 新しい街並みが復興の証し 「がまだす」の心 福知山市民にも励まし

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 JR福知山駅の高架開業を記念して、福知山市の姉妹都市・長崎県島原市へ旅する「市民号」が、3日に出発し、5日に帰福した。2泊3日の旅に同行し、「雲仙普賢岳噴火」の終息宣言(1996年)から9年が過ぎた街並みと、両市民の交流を見た。

 90年から5年以上続いた島原の「雲仙普賢岳噴火」。火砕流、土石流で、地元住民、消防団員、報道関係者ら44人が亡くなり、多くの家屋や田畑が被害を受けた。

 吉岡庭二郎市長は災害当時、「なぜ島原がこんなにいじめられるのか。自然の力には勝てない」と弱気にもなった。しかし、「がまだす」(頑張るという意味の方言)精神で復興への道をつき進む。全国から支援を受け、街が着実に復興していった。

鮮明に残る噴火災害

 災害を風化させない、そして火災や防災について学習できる施設をと、02年にオープンした「雲仙岳災害記念館」を訪れた。

 館内には噴火災害を体験できる施設が多くある。例えば火砕流の実際の速度を光と音で演出する「火砕流の道」。火砕流や土石流の再現映像と連動して床が動いたり、熱風が吹き出したりして災害を疑似体験できる「平成大噴火シアター」など。

 一行は当時の噴火災害のすさまじさを体験し、「信じられない」と絶句した。

 別の場所には、土石流などで1階部分が埋まったままの民家が保存され、災害の記憶を風化させないようにしている。

 島原のある女性は当時を振り返り、山から流れる火砕流を、「遠くで見ていて美しいとさえ思えた。私もそうですが、亡くなった人たちも、まさか下まで流れてくるとは思わなかったのでは」と、うつむく。
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 森岳地区婦人会長の肘井裕子さん(62)は「復興に10年近くかかりました。そのときのことを忘れないように婦人会では記録を書き残しました。災害も日にちがたつと忘れてしまう。だけんど、私はいまでも鮮明に覚えています」

 自然は時として猛威を振るい、人々に大きなダメージを与える。

 昨秋、福知山や大江町を襲った台風23号がそうだ。1953年の「28災」に次ぐ、約50年ぶりに見舞われた大災害だった。

 吉岡市長はこのとき、すぐに激励と災害見舞いに福知山へ駆けつけた。水浸しになった坂浦の棚田の惨状などを見て「涙がでる光景」だったという。そのときぽつりと出たのが「自然の力はすごいが、人の力はもっとすごい。頑張ってほしい」との福知山市民への励ましの言葉だった。

「人の力はもっとすごい」

 1日目の島原市民との交流会での席上。「災害があったなんて思えないでしょう」と、吉岡市長は初めて島原を訪れた記者に話した。

 翌日、バスの車内から見えてきた、かつて土石流などで被災したというある地域は、外壁のきれいな住宅が建ち並び、道路が整然と整備された「新興住宅地」のようだった。

 それは「復興の証し」だが、一方で、「災害の傷跡」でもあると感じさせられた。噴火災害から復興した美しい街並みを見て、「人の力はもっとすごい」が心にしみた。


写真上:土石流災害の恐ろしさを伝えるため、被災家屋がそのまま保存されている
写真下:普賢岳(左)。頂上は溶岩ドームがあり、平成新山と命名されている

    

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