両丹日日新聞10月26日のニュース
福知山のニュースは両丹日日新聞WEB両丹で

緊急必需品はほぼ足りる 大江町 各地から支援物資

 大江町には連日多くの災害支援品が届いている。対策本部によると「緊急に必要な品は、ほぼ足りている」状況だという。25日には酒呑童子の鬼退治をした源頼光を縁に交流を続けている兵庫県川西市支援物資届くから、市が災害備蓄している毛布300枚、500mlペットボトル入りの飲料水480本、給水用ポリ袋500枚が届いた。

 三和町からは連日、真っ白なタオルが大量に届いている。水が十分に使えない中では、復旧活動で体についた泥を落とすなど様々な用途に重宝している。

 対策本部によると、飲料水や食糧など、緊急に必要な品は足りており、復旧活動に必要なスコップやデッキブラシなども、寄贈を受けたりして現段階では確保できている。不足する物が出て来ても、福知山市内までの交通が確保されたので買い出しに出向け、なんとか対応できるようになったという。担当者たちは「みなさんから様々なご支援を受け、ありがたいことです。一気に大量の物資が届くと対応しきれず困るところでしたが、みなさん様子を見ながら送っていただいており、この点もありがたいことです」と話している。

雨ガッパ着込んでボランティア次々
 被災地大江町へは、雨の26日も多くのボランティアが駆けつけた。大江駅裏の駐車場に町社協が設ける水害ボランティアセンターには、各地から応援の人たちが次々と訪れた。各自雨ガッパを着込み、スコップを積んだ一輪車を押して現場へ向かった。


写真:タオルや毛布、飲料水などが各地から届く(大江町総合会館で)


災害 その時大江町は これまでの動きを振り返る

 大江町は台風23号により”28水”以来の大惨事に見舞われた。災害発生から1週間近くになり、当時の様子が少しずつ明らかになってきた。町災害対策本部や被災住民の証言をもとに、災害発生時の様子を振り返った。電気、電話が不通の暗闇のなか、災害対策本部や被災家庭は緊迫した事態に陥っていた。

 台風23号は、20日午後に四国南部を横切って午後6時前に大阪府泉佐野市付近に再上陸。近畿地方から長野県方面に進んだ。同日午前11時30分現在、中心気圧は950ヘクトパスカル、中心付近の最大風速は40m。中心から280km以内では風速25m以上の暴風が吹く大型で強い台風だった。

 風雨が次第に強まるなか、職員全員と全消防団員を招集する3号動員が発令されたのは午後4時。警戒本部は災害対策本部に切り替わった。そのころから庁内は断続的に停電するようになったという。
 すでに由良川の水位が上がり、危険なため町内に架かる5つの橋のうち、大雲橋を除く在田橋と有路下橋、波美橋、尾藤橋の4橋が通行止めになっていた。町民には危険を生じた場合の自主避難を、この日4回目の町内一斉放送で呼びかけていた。

町内全域に避難指示
 断続的な停電のなか午後7時15分、6回目の町内一斉放送で由良川の水位と町内低地の住民に避難を呼びかけた。そのころ大雲橋の水位は7〜8mと予想された。28水の大雲橋の最高水位13・5mには余裕があった。

一面海のように しかし、その20分後の午後7時35分には河守堤防を水が超える危険性が高まり、特に今回被害のひどかった河守新町、蓼原、関に危険が高まったことを放送で改めて周知した。台風が最も接近していたころだ。

 事態は一層深刻化する。午後9時15分には7回目の一斉放送で町内全域に避難を指示した。情報では、福知山市の水位が引き続き上昇中で、大雲橋の水位はこのころ9〜10mと予想された。

途絶えた町内放送 役場は機能失う
 30分後の午後9時45分。7回目の町内一斉放送と同じ内容で再度町民に避難を求めた。役場1階はすでに水が入り、放送施設のある防災室にも浸水。機能を失った。結局、8回目の放送が最後になった。すでに固定電話は使用不能。携帯電話も4、5回に1回程度しかつながらない状況に至っていた。

 町民から救助要請があったが、災害対策本部は動きが取れず、午後10時15分、自衛隊に河守や蓼原、関、公庄、天田内など50戸の救助を要請した。しかし、由良川のはんらんで主要道路は寸断され、自衛隊でさえ現場に入る手段がなかった。

 そのころ役場には職員ら約50人がいた。ろうそくや懐中電灯の明かりを頼りに、思うようにつながらない携帯電話で懸命に台風情報や被災情報を収集する一方、水位が増す1階フロアから2階へパソコンや重要書類などを運び上げた。

 しかし、あまりにも急激に水位が増し、1階にいた職員の腰まで達したことからこれ以上は危険と判断し、午後11時15分に全員が2階へ避難した。

 電気、通信が断たれ、災害本部の機能はすでにマヒ。その後も水位は上昇を続けた。庁内の壁にくっきりと残る濁った水跡は、1階フロアの高さ1・05mに達していたことを示す。ピークは、日付が変わる21日午前0時ごろから午前2時ごろにかけてという。

 河守地区と隣接の蓼原地区は、国道175号と北近畿タンゴ鉄道の線路を挟んで由良川が流れている。ここでも想像を超える速さで水位の上昇が続いた。床上浸水が相次ぎ、2階まで水につかった家もあった。21日朝、お年寄り2人が浸水した自宅から遺体で発見された。

経験したことのない速さで浸水
 両地区は、大谷川と蓼原川の2つの細い川が流れている。この日は台風が接近する前から雨が降り続き、由良川本流の水かさが徐々に上昇。逆流を防ぐため午後5時30分には大谷川と蓼原川双方の樋門を閉めた。

 その結果、両地区の山手に降った雨がはけ口を失い、内水としてたまる一方、本流や関、河守地区を流れる宮川堤防から大量の水があふれ、一気に河守、蓼原両地区に流れ込んだらしい。過去に何度も水害に見舞われている両地区だが、これまでに経験したこのないスピードで一気に水が押し寄せ、人々の逃げ道を奪った。多くの人が自宅2階に避難。「あんなに早く水がつくなんて。2階へ逃げるのがやっとだった」と口をそろえるほどだ。

 その河守地区では、国道175号を走っていた車が水没し、運転手3人が道路わきの民家に助けを求め命拾いした。助けた家の人は、はっきりした時間帯は分からないとした上で当時の状況をこう話した。

【被災者の証言】
 台風が最も接近していた午後7時過ぎだったと思う。暗闇の玄関のチャイムが鳴った。玄関の戸を開けると「車が水に浸かり動けない。避難するところもない」と助けを求めてきた。

 その時、幾分高いところにあるこの家でさえも、すでに縁側あたりまで水が来ていた。すぐさま3人を自宅に上げ2階に避難させた。

 水位は上昇し、1階は家人の首のあたりに達した。まさにあっという間だった。自宅前に止まった車両8台が水没し、部屋のピアノがプカプカ浮かんだ。周囲は暗闇。停電でテレビやラジオなどからも台風情報は得られない。懐中電灯の明かりを頼りに、これ以上水位が上がらないことを願った。

 3人は、岡山県のトラック運転手と京丹後市峰山町の会社員、舞鶴市の大学生。家人は「あなたたちはこの家と心中する必要はない。もし、泳いで逃げられるものなら鉄道の線路まで行けば助かるかもしれないと言った」と、当時の緊迫した状況を振り返った。

 そして「近くの一人暮らしのお年寄りが亡くなった。よく知る人だったが、水位が上がり、真っ暗の中ではどうすることも出来なかった」と顔を曇らせた。何とか台風情報を得ようと、通信が不安定な携帯電話で知人に電話し、やっとつながり、その時初めて台風が岐阜県にいることを知った。午前0時前後だったと思われる。

 自宅1階部分は、よその被災家屋と同様に泥水が入り込み、使えるものは何一つない。落胆と疲れの色は隠せないが「命があっただけでもありがたいと思わないと」と話した。
 きょうも被災地では雨の中、復旧作業が続いている。

写真:水位が下がった翌朝でさえも町内の由良川流域は一面海のような有様だった(21日午前9時45分、蓼原から写す)


国道・府道の通行止め状況(26日午前9時現在・府中丹西土木事務所まとめ) 【国道】426号・福知山市中佐々木▽173号・綾部市側で通行不可【府道】下野条上川口停車場線・福知山市上野条、上川口▽福知山山南線・奥榎原の穴裏峠▽筈巻牧線・勅使▽三俣綾部線・福知山市と綾部市との峠付近▽山東大江線・大江町天田内▽私市大江線・福知山市報恩寺と大江町南山付近▽中山綾部線・三春峠付近▽市島和知線・和知町側で通行不可
市道通行止め状況(26日午前9時現在・福知山市まとめ)  野花夷線・野花▽大呂8号線・大呂▽セイゴ池線・下篠尾▽喜多見安線・喜多▽石本牧線・牧▽上荒河観音寺線(旧中丹広域農道)・戸田−観音寺▽梅谷3号線・梅谷▽生野正後寺線・正後寺▽樽水6号線・樽水▽牧十二線・十二▽土師高畑線・高畑▽牧岩井線・牧▽半田山崎線・半田世田橋▽小田1号線・下小田▽笹場1号線・笹場▽下戸本線・下戸▽笹場田野山田線・田野山田▽牧本線・牧▽猪野々田和線・田和▽上佐々木8号線・上佐々木▽柿本橋(流失)・下小田▽長尾坂浦線・坂浦▽坂室線・坂室▽西石2号線・雲原▽林の前上すき線・前田▽日尾線・日尾▽十三丘大見長祖線・猪野々▽梅谷岩戸線・宮垣▽三岳金山線・喜多▽佐々木3号線・下佐々木▽登尾峠線・上佐々木▽大井勘大寺線▽雲原9号線・雲原▽佛谷与謝峠線・雲原▽辻塩久峠線・樽水

最新のニュース 以前のニュース 連載・特集記事
福知山の最新ニュースをお届けします両丹日日新聞WEB両丹